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□扉の向こう
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喜捨の精神、だなんてそんな大層なものだとは思っていない。悦捧の精神、というものがあったとしたら多分それだと思う。そういう、いくらか変態じみた、ネジの外れた頭のおかしな感覚だと思う。
果てしなく目の粗い容器に水を注ぎ続ける行為に、もはや感じるものなど無くなって久しい。
「お前さ、もっと楽に生きればいいじゃん。彼女も、せっかくそんな顔面なんだから有効活用してけばいいのに」
「……外見で恋愛する訳じゃないだろ。別によくもないし」
「嫌味だろそれ、ていうかまっじめな。誰か紹介しようか?」
勿体無いなー、と椅子にもたれた彼が天井を仰ぐ。勿体無くない。この見た目に騒ぎ立てる相手をほしいと思ったことなんて一度も無い。
オレンジ色の教室で彼を見る。差し込む西日が眩しい。
「いい。……今は」
「今は、っていつから言ってんだよ」
「それで? お前は僕にどうしてほしいの。話振らなくていいから惚気たいなら惚気て」
「やだひどい」
ふざけた調子で両手を頬に持っていく彼を殴ろうかと思って、やめた。長引かせない為には大人しく聞いているのが無難だと思った。
「あのね、誕生日なのあの子。で、プレゼントの相談」
ベタでごめんね、とはにかんだ表情に憎しみのような何かが滲みかけて即座に打ち消した。誕生日なら今日は僕の、と喉元まで込み上げた言葉はすんでのところで強引に飲み込んだ。
「……そんなの、お前がくれれば何でも嬉しいだろ」
「うーん、でもやっぱり素で嬉しいものあげたいから」
「ああ……」
ああ、人生が。人生が一度きりでよかった。こんな思いは二度と繰り返したくはない。できることなら早く終わりたい。こんな、治りの悪い生乾きの傷みたいな邪魔なだけのもの、どうして抱えていなくちゃならない。不平等じゃないか。僕だけ苦しんで、我慢して、言いたいことも言えずに、誰かに頼ることも許されないで、おかしいじゃないか。穏やかに、ただ生きて死ねればいいのに。誰かを好きになることなんてこれっぽっちも望んでいなかったのに。つらいのに。苦しいのに。のうのうと、お前は。
「……絵本なんか、いいんじゃない。装丁の綺麗なやつ。あの子そういうの好きだろ」
「おおー絵本……、……なんで趣味とか知ってんの?」
「部活が一緒だから」
「ふうん?」
「心配しなくても好みじゃないよ」
「うわむかつく」
はは、と笑った目が笑っていなかったのには本当に冷えた気分になった。うんざりした。
相談を受けていたんだよ、お前が彼女のことを相談してきたように、彼女からお前のことを、最初から両想いだったんだよ、彼女とお前は最初から、最初っから、僕の気持ちなんて無いものとして、可能性すら考えないで、心配だの不安だの助けてだのどうしようだのお前しかいないだの、し。
「……帰る」
「えっもう?」
「お前も彼女待ってるだろ」
「いやぁ」
「いやぁじゃないよ。彼女より友達をとる彼氏がいるかよ」
「妬くなよ、お前の方が大事だって。今日は帰るけど」
「くそ、しね」
「ははは」
「しね」
しね。