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□白の王
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「本日の催事は申し上げた通りにございます」
「それでは! ご案内は某めから!」
「待たぬか、ご気分が優れぬのだ。見てわからぬか」

 脳筋、と老いた側近が呟くと同時に、今日もまた乱闘が始まる。やれやれとため息をつく宰相は午前の予定に二つ三つ斜線を引き、いつものように手帖を閉じた。

 石ころほどの大きさの、白く柔らかな者たち。無数の白玉が群れるこの国には、一脚だけ場違いに大きな椅子がある。

 しなだれるように腰掛け俯く彼は、今日もまた深く目を閉じている。

「朝食はお口に合いませぬか!」
「馬鹿者、まずお茶をお持ちせんか」

 ――美しき王が動かなくなってから久しく、けれど小さき者たちは未だ甲斐甲斐しくその周りをわらわらと賑やかしていた。

「ややっ王よ、今このダイフクめに微笑んでおいでになったか」
「ええい気のせいだ自惚れ屋め」
「王よ」
「ホシイモのような風貌をして」
「誰じゃ今のは、愚弄は許さぬ! このダイフク、老いたとは言え剣術には覚えがあるぞ」
「王」
「お夕飯はおまめです」
「シャモジ、お昼は何だ」
「おこめ」

 おこめ、おまめ、と手帖に書き付ける宰相の横で、一回り小さな白玉たちが広場へと駆けていく。あんまり転がると怪我をしますよ、と声をかけた白玉に「イシャうるさーい」と遠い声が聞こえた。

 かつて、この柔らかな国民たちは、その風貌から愛玩用として巨大な生き物にされるがまま略奪された。頭上から降り注ぐ嬉々とした笑い声とともに連れ去られる仲間を惜しんだところで成す術はなく、怯えに震える日々に、不意に王が現れた。蹂躙する者たちと同じかたちをした、二足歩行の王。その腕や肩や頭の上には、連れていかれたはずの仲間たちが笑顔で跳ね回っていた。

 大きな生き物たちの国で、王が義賊と呼ばれていたことを白の民は知らない。自分たちを解放するための攻防の中で、王が遅効性の呪いを受けたことも。

「王、王よ」
「おやつのお砂糖ですぞ」
「王はお寝坊さんでいらっしゃる」
「それでは皆の者、各自お布団を取りお昼寝の準備を」

 まじないをかけた術師すらもはやおらず、平穏はただ続いていく。

 いつかかの君が目覚め、あくびをひとつしたのなら、小さき者たちはやはり一層その周りをわらわらと、きらきらと賑やかすことだろう。




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