小豆のBL集。

□キス魔とツンデレと俺と。
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*1







「…優兄ぃ、起きて」



縁側に面した、こじんまりとした和室。
燦々とふり注ぐ陽の光も、この北面の部屋には届かない。
青の、それも神聖で清浄な蒼色の空気が、質素な畳部屋を包んでいた。



その真ん中に横たわって規則正しい寝息をたてている、小柄な青年。
まだ少年らしいあどけなさを残した彼の肩を再び強く左右に揺すってみるが、起きる気配はない。
まぶたは重く閉じられたままだ。


そういえば、昔から眠り姫のようによく寝る奴だった、と遠く思い返した嶋崎要人は、何度目かの溜め息をつく。
そして、出来心からか、ふいに横たわる彼の頬に手を伸ばした。




ふにゃりと柔らかな頬。
ひんやりとしたきめ細やかな薄桃色。

今も昔も、その無防備で愛らしい寝顔は変わらない。





要人は、ごくりとのどを鳴らすと、本能の赴くまま薄く開かれた彼の口唇にそろりと触れた。
彼が小さく身動ぎをして、長いまつげが震える。
指の腹で優しく唇の周りをなぞると、その顔がフッとやわらかに緩んだ。







……嗚呼、この感情もあれから何も変わっていない。

むしろ離れていた分だけ強くなった気がする、と自嘲する。
十年。それは長かった。
遠い月日の山に埋もれた僕の記憶に住む君は、水色のスモッグと黄色の帽子姿で止まっている。
だから、高校生となった君を初めて目に写して。
歓喜に胸が高鳴った。
込み上げてくる恋情が止められなかった。

嗚呼、早く目をあけて。
   早くその瞳に僕を写して。
   早く今の君を見せて。


要人はその口を彼の耳元に近付け、そっと囁く。









「……優多」




名前を呼びかけられた、「優兄ぃ」こと月島優多は、閉じていたまぶたをゆっくりと開いていった。
淡いキャラメルの世界。

とろりとした、深く甘い。







「かな……め?」



寝起きの舌足らずな声がそう呼ぶ。
優多は、ぺちぺちと、確認するかのように要人の頬を撫でる。







「そうだよ、優兄ぃ」



要人は目を細めた。

愛しい人の口が、己の名を紡ぐ。
それだけのことに、要人はこの世に生を受けた喜びを感じた。
昔、誰かが、"名前は一番短い呪"だと言った。名前を呼ぶという単純な行為でも、それはその人と契りを交わすようなもの。
だから要人が、優多の名を呼ぶときは、ありったけの想いを込める。


僕の想いが少しでも貴方に届きますように、と。






「本当だ…要人だ。」
ほわり、と微笑みながら優多が繰り返し言う。



「そうだよ、って言ってるでしょう?優兄ぃ。…それとも、僕以外の誰か他の男に起こされるのを待ってたのかな」



少し離れている間に虫が付いちゃったのかな、と黒い笑みを浮かべる要人に、何だソレと突っ込みを入れようとして、はたと優多は動きを止めた。
そんな優多に、要人は一層笑みを深くする。




「あ、気付いた」
「気付いた、…ってお前!」



ガバッと布団から起き上がった優多は、自分の上に四つ足をつくように跨がっていた男を、まるで幽霊でも見るように目を向けた。





「おま…何で、……海外にいるはずじゃ…!」
しきりにまばたきを繰り返す優多に、要人は表情を変えない。



「…僕はね、優兄ぃを迎えに来たんだ」
「はぇ?迎え?」



目を見開き、口をぽかんとあけている優多を愛しげに見つめて、要人はにっこり微笑む。









「優兄ぃを僕のお嫁さんにする為にね」



→*2
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