小豆のBL集。
□Love me
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―僕には、好きな人がいる。
「矢野ー置いてくぞー」
まだ太陽が天頂に達していない、11時半ば。
ようやく授業中のプリントを提出し終え教室に戻ってきた矢野直樹を迎えたのは、後ろの方でたまっていた黒い学ランの集団のそんな声だった。
いつも騒がしい教室も今はガラン、としていて彼らしかいない。
直樹は、慌てて自分の机の中をあさった。
「嘘、次って移動だっけ!?」
「実験だってさ、実験」
「しかも第二実験室だってよ。四階の」
「マラソンの筋肉痛の上にこの仕打ちとか、マジないよなー」
「お前、マラソンつっても4キロだったろー!それはただの、お前の運動不足ー」
「伊藤、だっせー」
「うっせぇ!帰宅部はこれでいいんだよ!!」
くだらないことで笑い合って、からかい合って。
これが、僕らの日常。
何の変哲もない、いつもの光景。
「おまたせー」
そんなにぎやかな集団に詫びの台詞を口にしながら合流しかかった直樹は、途中でふと足を止めた。
「あれ?矢野ちん?」
「忘れ物?」
「……ううん。そうじゃないけど、」
困ったように微笑を浮かべた直樹に、誰かが気付いたように口を開く。
「あー、森本?」
―モリモト マサヤ。
直樹は、無意味に舌先だけで繰り返した。
幼なじみで、
親友で、
そして……
「そうえば、アイツ居ねぇな。どこ行ったんだ?」
「そりゃ、あそこだろ。相変わらず、みたいだし」
「あんなのほっといて行こうぜ、矢野」
「うん。…でもほら、僕みたいに移動教室って知らなかったらアレだしさ。すぐ追いつくから先行っててよ」
そう告げると、そっか、と誰かが納得するように頷く。そして、一番直樹の近くに立っていた西岡がどこか感心したように言った。
「お前らって、ホント仲いいよな」
( …それだけだったら、
良かったのに。 )
その言葉に何の返答もしないまま、直樹は曖昧な笑みを浮かべて彼らを送り出した。彼らの姿が廊下の向こうに消えるのを見送ると、ため息と共に自分の席に腰かける。
自分がバカなことをしているのは分かっていた。
期待して傷つくのは、いつも自分だ。
それでも。
「早く…来ないかな」
背中をイスに預けて逆さまに見た教室は、静かな空虚で満たされていて。
真っ青に晴れ渡る大空と雲を背に、直樹は体を上げた。
この晴天は自分には、まぶしく感じる。
「…何、やってんだか、僕。」
向こうの廊下から聴こえる休み時間の楽しげな声を遠く感じながら、直樹は頬杖をついた。
そこから見える、前の席の机。
散らばったままの消しカスとシャーペンに、出しっぱなしのノート。
( つーか、こいつ。
自分の部屋も汚いけど、机も汚いよな… )
思わず笑みが零れてきて、くすっと笑いかけたその時、教室の前方のトビラが勢いよく開いた。
「…ナオ?」
直樹は、ハッと前を向く。
他の誰でもない。
自分を「ナオ」と呼ぶヒト。
この世界にたった1人……
「……将也。」
森本将也。
僕の幼なじみで、好きな人。
「…遅かったね、将也。次、移動だからみんなもう行っちゃったよ」
跳ね始めた心の臓を無視して平然を装いながらそう言うと、将也はまばたきをした。
「いや、生物の教科書借りに行ってて…つか、え?移動?何、実験?」
「そう。四階の第二実験室だって」
「うっそ、四階!?急がねぇと間に合わねぇじゃん!」
大股で扉から歩いてくると勢いよく机をガサゴソさせ始めた将也に、直樹は脇からプリントだけ持っていけばいいのだと教えてやる。頷いた将也は、借り物の教科書を無造作に机に置いた。
手持ちぶさたを演出しながらも、直樹の視線はその教科書へ引き寄せられていく。
分かっているんだ。
見たって傷つくだけだと。
だけど。でも。
淡い期待が直樹を突き動かす。
教科書の裏面。
白い、名前を書く為の空欄。
細目の油性マジックで。
迷いのない、整った字で。
―柏木美奈子。
「おい、ナオ。早く行かないと遅れるぞ?」
気付けばもう教室の引き戸の横に立っていた将也が、立ち尽くす直樹を不思議そうに見つめていた。
「あ…、うん!行く行く」
何事もない顔をして駆け寄った直樹を若干いぶかしげに見つめたものの、気のせいだと考えたのか将也は何も言わずそのまま廊下に出る。
…分かっていたじゃないか。
あの名前が書かれていることは。
学校一お似合いのラブラブカップルと名高い2人なのだ。
当然で、予想通りの結果。
僕も、早く諦めればいいのに。
そう思うのに、こうして一歩後ろを歩いているだけでも直樹の心は速いテンポで鳴っている。
( …ただ、勝手に想ってるだけだから。だから、 )
もう少し、夢を見させて……
―今日も僕は、彼に叶わぬ恋をしている。