ペーパー

□アイドルを目指せ 中編
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その日、土方は近藤の部屋に呼び出された。なんだか、嫌な予感がする。彼の部屋に呼ばれるときは、いつも厄介事を引き受けさせられるのだ。それでも、行かないわけにはいかない。
部屋の前で大きく息を吐き出してから、声を掛けた。
入室の許可が出て障子を開けた先の光景を見た瞬間、素早くそれを閉じる。そのままそこを立ち去ろうとした。

「トシィィィィ?!なにしちゃってんのォォォォ?!」

それに近藤は、大声を出して引きとめた。





結局近藤に連れ戻された土方は、不承不承促されるままにそこに端座した。
目の前には色の濃い眼鏡を掛けているくせに、口許にはにこにこと不気味なほどに笑みを浮かべる不審人物がいる。
と言っても、つい最近見た顔だ。なんと言っただろうか。世情に疎い土方は、つんぽという名も知らなかった。

「土方殿。会いたかったでござる」
「俺は会いたくなかった」
「トシィィィィっ?!」

がっつりと自分の手を握るつんぽこと河上の手を、土方は非情に振り払って冷たく言い放つ。それに近藤は横でヒヤヒヤと見ていた。

「今回はお頼みしたいことがあって、参上仕った」

河上はそんな土方にも笑顔を崩すことなく、そう告げる。それに土方は顔を顰めた。

「頼み?」

そう鸚鵡返しすると、河上は頷いて一枚の紙を取り出した。新聞のコピーらしい。その一面に躍る文字を見て、土方は更に苦虫を噛み潰したような顔をする。
そこには高杉の誘拐予告の記事が、でかでかと載っていた。

「それは俺たちの仕事だ。わざわざ頼まれなくっても、高杉はとっ掴まえてやらァ」

誘拐などは真選組の範疇外だが、高杉という名が出たのなら話は別だ。現在、全監察に命じて諜報活動を行っているのと共に、本人のお通の身辺警護も全面的に真選組が行っている。

「それはわかってござる。とても感謝はしているのでござるが、何しろお通は拙者の大切な女性。念には念を入れたいのでござる」

切々と訴える河上に、嘘はないように見える。(実際は嘘だらけなのだが)土方は少しだけ躊躇した後に、「それで?」と促した。

「今度、コンサートがあるでござる」

しかし、その言葉を聞いた途端、背中に悪寒が走る。その先を聞きたくないと思ったのだが、河上はその口を止めることはなかった。

「きっと狙われてるなら、その時が一番危険でござろう。だから土方殿に、お通と共に舞台に上がってもらいたいでござる」
「ハァ?俺みたいなのが傍にいたら、興ざめじゃねェか」
「お通とユニットとことで、衣装を着て共に歌って踊ってくれればいいでござる」

何が、くれればいい、だ。男の姿で土方がアイドルの隣りにいれば、下手をすれば暴動が起こる。だからどう聞いてもこれは、女装しろと言っているのだ。
このとき土方は本気で目の前でにっこりと笑う河上を、殴り倒そうかと思った。震える拳をもう片方の手で握り締めて、どうにかその衝動を堪えた。隣りで近藤がハラハラと二人を見ていることに気付いたからだ。

「俺は男ですが……」
「土方殿なら大丈夫でござるよ」
「そんな太鼓判押されても、嬉しくねェェェェ!!!」

土方の怒声が屯所中に響き渡り、すくりと立ち上がる。そのまま立ち去ろうとする土方は、しかし河上の次の一言で、その足を止めた。

「今回のコンサートのテーマは、夢と魔法」

どこかで聞いたことのあるそのフレーズに、土方の耳はぴくぴくと反応した。河上に背を向けているため、彼がそれを見て密かにほくそ笑んだことには気付かない。

「というわけで、ゲストはニッキーとミミーでござる」
「仕方ねェ。彼女にはこの前、一日局長で世話になったしな。引き受けてやるよ」

どう考えても、着ぐるみ目当てだ。その証拠に土方の瞳はきらきらと煌いていて、その顔には蕩けるような微笑が浮かんでいた。だがそれに気付かない近藤は、「そうか、トシ!やってくれるか!!」と感激したように、土方の肩をバンバンと叩く。
河上もその大層愛らしい笑顔に、至極満足げに頷いた。





こうしてまんまと土方は、河上の甘言に乗せられてしまったのだ。





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