ペーパー

□アイドルを目指せ 前編
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その日、武装警察真選組副長土方十四郎は、久しぶりの非番であった。
土方は忙しい。一応シフトでは週に一日から二日、非番という文字が燦然と輝いてはいるのだが、それがまともに取れることはほとんどなかった。
よって、この日の非番は本当に久しぶりだ。
その貴重な非番の日。当然それは、恋人との逢瀬に使われた。

「美味しい?」

銀色の恋人がモンブランを切り取り、フォークに突き刺して差し出してくる。それに土方はぱくりと食いついた。
その顔には蕩けるような笑顔が浮かび、それを見た恋人もさも嬉しそうに微笑み返す。
土方は可愛い物フェチの上に、甘いもの好きだ。その恋人である坂田銀時も、甘味王としてその名を轟かせている。その二人のデートと言えば、もっぱらケーキ食い放題巡りだ。二人していちゃこらとケーキを食べるその姿は、既に江戸の町では風物詩として有名なのだが、そのことに関しては土方一人気付いていない。彼は天然だった。
よってこの日も、某有名ホテルのケーキヴァイキング。そこに彼らはいた。
周りで見ている者が胸焼けをするほどケーキを食らい尽くし(現にウェイターはケーキが全てなくなるのではないかと、密かに危惧していた)、二人は会計をして(勿論、勘定は土方だ)、ロビーを出た瞬間だった。土方が突然、腕を掴まれたのだ。
全く気配はなかった。途端、二人に緊張が走る。振り返りその腕の主を見ると、そこにはサングラスを掛けたいかにも胡散臭い男がいた。
しかし彼はこともあろうに、土方の手をガシリと掴んだのだ。それに銀時が声にならない悲鳴を上げたことは、言うまでもない。

「おめ!汚ねぇ手で、土方に触んじゃねェェェ!!!」

慌てて銀時がその手を解こうとするが、それは簡単には外れなかった。
そして彼は、とんでもないことを口走ったのだ。

「拙者と共に、アイドルを目指そう!!」

男の叫びが、ロビー中に響き渡った。
男はつんぽと書かれた名刺をくれた。肩書きは音楽プロデュサー。
それを見てことんと首を傾げた土方は、銀時にトップアイドル・お通を育てた人物だと教えられ、更に首を傾げる。
そんな人物が、何故自分に声を掛けてきたのだろう。
というか、先ほど変な単語を聞いたような気がする。

 アイドル……?

自分とは、一番程遠い世界だ。一体彼は、何を言っているのだろうか?

「拙者は貴殿を見て、運命を感じたでござる! 是非、拙者と共にトップアイドルを目指そうではござらんか!」

つんぽは、えらく興奮していた。その彼に、土方はにっこりと微笑み掛ける。

「おとといきやがれ」

冷たいその声に凍り固まるつんぽを置いて、二人はホテルを後にしたのだ。




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