ペーパー

□もう振り返らない/彼は振り返る
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【もう振り返らない】



「別れよう……」

その日は、とても寒い日かった。
雪の舞い落ちる中、俺は恋人を呼び出し、そう告げると彼は目を見開き、俺を見る。
その視線に居た堪れなさを感じ、俺はそれから逃れるように足元を見た。
「な…んで?」
「もう、疲れた。辛いんだ……」
震える声が尋ねてくるのに、ぽそりと呟きを落とす。
俺は本当に疲れていた。仕事はやりがいがあったが、あまりにも激務で毎日睡眠不足だ。
苛立ちと煙草の本数ばかりが増えていく。血気盛んな奴らばかり揃っているから、いつも問題ばか
り起こして、その尻拭いは俺がやらなきゃいけない。隊士達を纏めるために厳しくすれば鬼だと謗
られ、いつの間にか隊内で俺だけが浮いていた。命懸けで守っているはずの民からも、粗暴な組織
の頭として蛇蝎のように忌み嫌われている。
他人に嫌われることが、平気だったわけではない。それでもそれは仕方ないのだと、仕事なのだと
自分に言いきかせてきた。
そんな時に、彼は現われたのだ。誰からも嫌われている俺を抱き締めて、愛していると囁いてくれ
た。それがどれほど嬉しかったことか!
しかし、それは同時に恐怖との戦いの始まりであった。彼は俺のことを好きだと、愛していると言
って求めてくれる。それでもいつだって誰からも嫌われる俺が、好意を持たれるわけがない。彼も
いつか俺の嫌な部分を見付け、嫌悪し、離れていくのだろう。
それが怖かった。
そう考えるだけで、体が震え、眠れなくなり、何も喉に通らなくなる。
だから、捨てられる前に俺から離れることにしたのだ。そうすれば辛くない。そう思ったのに…。
「そっか。おまえが辛いなら仕方ないね」
彼は顔をくしゃりと歪めながらそう言って、俺に背を向ける。そのまま、ゆっくりと
歩き始めた。
一歩、また一歩。彼は俺から遠ざかっていく。辛くない。そのはずなのに、なぜこんなに胸が痛い
のだろう



銀の光を放つ彼は、もう振り返らない――――




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