短編

□ねえ、好きだよ
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今はもう使われていない準備室。
ここは、俺と悠太の秘密の場所だった。

授業サボりたい時はよくここで
二人で過ごしたっけ。


その秘密の場所は、
本当に本当の"秘密の場所"に変わっていた。


「ッ、ぐ…ぅ゙あ…っ!ゆ、うき…っ!!」

「悠太…なんで、なんで?
好きだって言ってるじゃん」


時々悠太をここに連れ込んでは傷付けて。

だってそれは、何度"好きだ"って伝えても
俺の気持ちに応えてくれない
悠太が悪いんだよ。
ずっとずっと、真っ直ぐに悠太だけを愛してきたのに。
(今はもう歪みきってるけどね)


「ゆうた、ゆうた。」


名前を呼びながら、
悠太の腕にカッターを押し付ける。
その度に、悠太の顔はぐしゃりと歪んで。
 その表情が 最高にそそる。
あ、俺 可笑しいな。
自覚はしているけど、止めよう、なんて気は
さらさらない。
悠太が俺を愛してくれるなら
少しは考えなくもないけど。
まあ、悠太が俺を愛してくれないってことは
ここ数ヶ月でしっかり理解してるから
この関係が終わる事は無いんだろうな。なんて軽く自嘲する。


「悠太、痛い?」


そう訊ねても、何も言わなくなった。
(言っても俺を煽るだけだって
学習したみたい。)


「そうだ、悠太
腕になまえ、書いてあげよっか。
昔、自分のモノにはなまえ書きましょう、って
言われてたもんね。
だから書いてあげるよ
"浅羽祐希"って。」

「や、め……ッ!!ゆうきッ!!」


俺の手に握られているのは
勿論ペンなんかじゃなくカッター。
ペンじゃすぐ消えちゃうよ。
大丈夫、俺の名前、案外直線ばっかりだから
簡単に書けると思うから。

カチカチ、とわざと耳元で刃を出すと、
押さえ付けていた身体を捩って
暴れだした。

そんなに嫌?俺の所有物(モノ)にされるのは。

俺を振り払って立ち上がった悠太は
少し泣いていたように見えた。
けどね、悠太
泣かれたって煽られるだけなんだよ?

悠太の腕を再び掴んで、
自分の方へ引き寄せる。
体勢を崩した悠太の鳩尾に
思いっ切り膝を叩き込んだ。


「ッ…!げほ…っ!」


小さく噎せた後、
さすがに鳩尾は効いたらしくて
床に崩れ落ちた。
お腹を手でおさえながら、
潤んだ目で俺を睨み上げる。
ああ、涎なんか垂らして、だらしないなあ。


「ねえ悠太、」


悠太の前にしゃがみこんで
親指の腹で涎を拭い取る。
その時の悠太の表情っていったら。
怒りとか憎しみとか哀しみとか
色んなモノがぐちゃぐちゃになったみたいなカオだった。
俺、悠太に殺されちゃうかも 位の勢い。


「愛してるよ」


そう告げた後、そのカオはより一層歪んで。

あ 今悠太
俺の事殺したいって思ったろうな、とか考えて。

悠太になら殺されてもいいかな。


「ねえ、悠太

俺を殺してみてよ」


…なんで、
なんでそんな哀しそうなカオするのさ。
俺が憎くてたまらないくせに。

見開かれた目には
今にも零れそうな位の涙が溜まっていた。

憎いなら 俺を殺してよ

悠太を傷付ける 俺を 止めて。


「ふふ、好きだよ。」


無理矢理口付けた唇からは
微かに鉄の味がした。



end
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