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□一
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かえ宅に数日間身を置くうちに、彼女が持ってくる偽沖田君の手紙の内容を覚えてしまった。
その内容を簡潔に表すなら、臭い、くどい、甘いの言葉に過ぎる。最初こそ笑いを堪えるのが必死だったが、今はもう慣れた。
どのくらい慣れたかというと、沖田君の音声が流暢にあの手紙を読んでいるのを再生できるレベルである。顔と仕草は思い浮べない。思い浮べた瞬間笑いの発作に襲われるのを確認済みだからだ。
そしてこのお嬢さん、なかなか口を割らない。それとなくわからない程度に情報を引き出そうとするのだが、本当に少しの情報しかさらさなかった。
しかし口をついて出た言葉くらいでも、有益な情報になる。引き出せないことを仕方なくそれでごまかすことにしていた。
偽沖田君との文通は、新年に入ってから途絶えているというが、基本的に手紙が届くのは二週間に一度のスパンらしい。つまり、次手紙が来るのはそろそろだ。
お嬢さん自身そわそわしていてわかりやすい。情報に関して口を割らないわりに、態度には出やすいタイプだ。態度に出なければ高額な情報屋になれる気がする。
勢力の確認も済ませ、すでに目星はつけてあるが、判然としない今、容易に断定できないのが困りものだ。これとなる決め手が足りない。
じわりと、焦燥が私の胸を焦がし始めた頃、その手紙は彼女のもとへ送り届けられたのだった。
「壱さん、ちょっとこちらに来て下さいな」
とんとんと、軽く襖が叩かれ私は立ち上がりそこを開ける。ついてこようとする山崎君を、にっこり笑いながらお嬢さんは片手で制した。
「ごめんなさい、退さん。私がお話したいのは壱さんとなの。席を外していただくわ」
山崎君は一瞬目を瞠り、すぐに私を見た。軽く頷き目で指示を伝える。
「わかりました。では部屋の前でお待ちしてますね」
「ええ、お願いします。さ、壱さん私の部屋に行きましょう?」
促されてかえのあとに従う。彼女の部屋は私が与えられた部屋のすぐ隣だった。
座らされ緑茶を手渡される。彼女自身が淹れたのだろうか、少しだけ苦いところが少女らしい。
「実はさっきね、沖田さんと連絡をとるのに使っている子が、手紙を届けてくれたのよ」
軽く聞き流そうとして思わず聞き返す。このお嬢さん今何といった?
「連絡をとるのに使っている子?誰のことです?」
一瞬かえはあ、と口を開き、それからいってはいけない言葉だったと思い出したらしい。罰が悪そうに顔を歪め、ため息をこぼしてその子供を呼び出した。
「上手く隠せると思った瞬間これなんだから……。姉さんには及ばないわね」
確か彼女には四つ上の情報屋の姉がいたはずだ。表では家業を継いでいるが、裏の情報屋を廃業したとは聞いていない。つくづくとんだ一家だと思う。
「なぜ隠そうと?」
「独自のルートが欲しかったの。沖田さんに恋してるのは事実だけれど、あの人の周りは守られているみたいで近寄れなかった。だからこの子を使ったのよ。風太」
名前を呼ばれ、襖の外に立っていた少年がわずかに怯えながら入室した。その表情を見て、少なくともこの少年は向こうの息が掛かった者じゃないとわかった。
「風太君?」
「は、い」
「君はかえ様の手紙をどこに持っていくんだい?」
「かえ様から、手紙を受け取ったあと、大通りに出て、団子屋さんで、三色団子を三本買うんです。店先の椅子に座って、食べてて……」
「途中で誰かが来るのかな?」
風太は私のその問いにこくりと頷いた。かえは聞いているのかいないのか、呑気に緑茶をすすっている。
「食べ終わるまで、その人は待っててくれるから、ご馳走様をしたあとに、手紙を渡しました」
「その人はいつも同じ人?」
「は、い」
周到なのか浅はかなのかいまいちわからない。眉をひそめつつ、地図を取り出して広げた。
「その団子屋はどこだい?」
かえ宅を確認したあと、風太は一つの場所を指差した。そこら辺に丸をつけながら、昨夜作り上げたばかりの20q圏内の勢力図を脳内に思い浮べ、手元の丸と重ねる。
必死に思い出しながら尋ねることは尋ねておく。
「その人の背格好は?男?どんな声だった?」
「男の、人です。斎藤様より小さくて、かえ様より大きい……。低い、声でした。あと、いつも黒い着物を着てて、左頬に大きな傷が」
最後の情報に思わず風太を見やれば、彼はびくっと驚いたように私を見上げた。
その容姿に該当する者が一人、ある勢力に存在することは確認済みだった。
どうにか笑みを浮かべ、少年の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ありがとう、君のおかげだよ。かえ様、その手紙は?」
「仕方ないわね、これよ」
差し出されたものを掴み、中を開く。既に開封されているあたり、このお嬢さんは何か知っているのか疑いたくなる。
普通真選組がこんなに疑ってるものを、疑わずに開けるか?
相変わらず笑えるほど甘い文章の羅列ではあるが、重要な箇所を目が自然と追う。かえの嬉しそうな声が耳に入った。
「やっと沖田さん、会いに来てくれるのよ。女を待たせて嫌な男」
自分でいった言葉が甘く素晴らしいものにでも聞こえたのだろうか、彼女は上機嫌に笑っていた。
会いに来る。
なりすましの犯人が会いに来るなんていうのならば、弾き出される解答は襲撃の予告だ。ご丁寧に日にちまで記されている。
罠か――?
文面を追う限り、私や山崎君の存在に気付いているものとは思えない。段々と、顔が険しくなっていった。
まあいい。勢力のあたりはついた。少々乱暴だが話を済ませることはできるはずだ。
かえを見上げ、柔らかに笑いかける。
「それはそれは素晴らしいことですね。護衛に一人、私がつくこともお許し下さいませんか?」
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