短編

□気紛れな君
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「あ、沖田さん」


呼ばれた地味声に一瞬無視しようかと思ったが、あまりに哀れだったから振り返ってやった。
いや哀れじゃ足りねェや、なんだっけpity?


「ひでえ!!めっちゃひでえ!!」

「何いってんでさァ返事してかつ振り返ってやったんだから感謝しなせェ」

「心の声もろ聞こえだよォォオ!!!しかも最後英語にする意味!!!」

「いいから早く話しなせェ、潰すぞ」

「怖っ!!意味わかんないのに怖っ!!」


ぎゃあぎゃあうるせえザキにラリアットをかまして早く話を促す。
道場の中では小気味よく竹刀を振るう音と気合いの入った声が響いていた。その中でずんずん近づいてくる怒声を察知し、さっさとザキを放してやった。
あ、白目剥いてやがる。


「てめえら何やってんだ!!!!」

「ザキを絞めてただけでィ見りゃわかんだろィクソ方さん。あ、すいやせんマヨのせいで目曇ってやしたもんねー見えやせんよねー」

「総悟ォォオ!!!!!」

「っていうか沖田さんいいんですか!!!!せっかく欲しがってた映画のチケット二枚分手に入れてあげたのに!!!!」


がくがく揺さ振ってくる土方コノヤローの声を聞き流しているその合間に、聞こえた地味声。

……………は?

ばんっと勢いよく土方さんを突き飛ばして、思わず逃げ出そうとしていたザキの後ろ襟をとっ捕まえる。
ぐえとか蛙みたいな汚ェ声が聞こえたけど、そんなんどうでもよかった。


「おいザキ、それ本当ですかィ?」

「お、っぎだ、ざん、じぬ、じぬ、じまっでまず……!!!」

「早く答えなせェ」

「俺に謝罪はなしかてめェェエエ!!!」

「ちょ、土方さん近寄んないでくだせェ、臭う。つうか邪魔でさァ」

「総悟ォォオオオ!!!!」


しち面倒臭い土方さんをシカトしてザキの襟を放してやれば、はぁ、と泣きそうな顔をしながら白い封筒を鞄から出してきた。
けど受け取ろうとした手からひらっと抜けて、ひくっと頬が引きつる。舐めてんのかねィこいつ。


「ザキィ……?」

「そそそそんな殺気立たないでくださいよオォ……。これ、誰といくつもりですか……?」

「んでてめえにんなこた言わなきゃいけねーんでィ」


苛々しながら睨めばザキはひぃぃと情けない悲鳴を上げつつ、こっちの目を見返してくる。
土方さんも気になるのか離れていかなかった。んでィめんどくせェ。


「チケット二枚分くらいの些細な質問なんですからいいじゃないですか……」

「どーせ近藤さんだろ」

「ゴリラと恋愛もん見るほど腐っちゃねえや」

「総悟ォォオ!?し、信じてたのに、い、勲泣いちゃう……」

「で?誰とだよ?」


遠くから聞こえた幻聴を華麗にスルーしつつ、はーあ、とため息をついて頭を掻く。
ザキまじめんどくせェ死なねェかな。


「だから心の声聞こえてるゥゥウ!!!!いくら俺でも泣きますよ!?」

「いくら地味でもの間違いだろィ調子乗んなクズ。○」

「ちょっなんですかその今世紀稀に見ないほどの毒!!!!!まじ、ちょ、え、ブロークンハートしま、……え?○、さん?」


聞こえないようにいったのにザキは耳聡く聞き付けてきた。舌打ちしながら封筒を掻っ払う。


「あっ」

「総悟」

「俺ふけやーす。失礼しやーす」


土方さんが名前を呼んだのに気付いていながら、ふいっと歩きだせば、静かな声が耳に飛び込んできた。


「あんまがっつくなよ」


むかつく。

自分はねーさんと相思相愛だからって兄貴ぶるあいつが。
俺と違って彼女を笑わせてやれるあいつが。


「……うっせーや」


ぽつりと呟いて道場を出れば、夕焼けが網膜を焼いた。明るい赤の中、校門からちょうど出ていく○に気が付いた。とっさに走って追い掛ける。


「○!」


声に彼女は振り向いて、それからあぁ、と小さく声を漏らした。


「さぼり?」

「まぁ。これから帰るんですかィ?」

「神楽待とうかと思ったんだけど補習長引きそうだったからさ。本も読みおわっったし」


さらっと返された言葉にめっちゃ驚く。とたんにばすんと鞄で殴られた。


「本なんか読めんのかィこいつみたいな顔すんなばーか。私のがあんたより読んでんだよ残念でしたぁ」


ははん、と鼻で笑う○に苛ついて、乱暴に背中をどつく。凄まじい舌打ちはお互い様でィ。


「ちーび」

「女子の平均身長三センチ越えてますうはいざんねーん。むしろあんたが気にすべ「あ、いーところに犬の糞が」すいません」


素早い返事、いつものくだらない話。

当たり前のように○を家まで送って、それから帰ろうとするあいつの手首を掴んでいた。


「沖田?何?」


対して気にもとめてないように振り返る目。少し低いその位置から見つめられて胸の中のぐちゃぐちゃが増す。

じわりと滲むのは、どうしようもない焦燥。


「……映画、見に行きやせんか」


どうにかこうにかいいたかったことを口にすれば、○は一瞬きょとんとした。それからなんの、と尋ねる。
即拒否されたなかったことに内心ほっとして、チケットを見せれば○はあーと言葉を濁した。

もう俺たちの手は離れていて、緊張なのかなんなのか、さっきまで繋いでいた左手を握り締めていた。

チケットから俺に視線を映した○は、ふ、と静かな笑みを浮かべていう。


「悪いけど、」


「興味ないわ」


ごめんね、沖田。んじゃ。

あっさりと身を翻す○を引き止められないまま、唇を噛む。


「……チキショー」



興味ないわと微笑んで、



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