A yearly lie
□ざまぁみろ、
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暖簾がじゃらじゃらとかしましく音を立てて、奥のほうで一服着いていたらしい女がゆらりと顔を上げた。
ちょうど俺が立っているところが逆光のようで、眩しそうに目を細める。その挑むような視線に滲む色香は、客の姿を捉えるとすぐに掻き消えた。
「……あんたか。まだ準備中なんだが」
後ろ手に戸を引きながら応えずに上がり込む。紫煙が店内にか細く渦を巻き、染み込んだ酒の匂いと交ざりあう。
客が来たってえのに腰を上げない女、なまえは自身の目の前のカウンターに腰を下ろした俺に向けて、ふぅと紫煙を吹き掛ける。
煙管に指を伸ばして取り上げれば、呆れたように肩をすくめた。
「……横暴な客だな」
「……は、いいじゃねェか、てめェの商売客だろうや」
「こっちはあんたが来る度ほぼ貸し切りだから迷惑してるってのに……。どうせ来るならあんたの仲間も連れて大枚叩いて帰れよ」
憎まれ口を叩きながら奴は腰を上げ小粋に抜いた衿を整えると、戸口へ向かう。その後ろ姿を煙管を吸いながら、ぼんやりと見守っていた。
苗字は、知らない。
久方ぶりに会ったヅラと珍しく言葉を交わしたときに、教わった居酒屋。攘夷派であろうが真選組であろうが利用する客をつつかない、好都合な居酒屋。
法をすれすれで破っていながら、それを営むのはわりかしいい女だというのがヅラの評価だった。大して女に興味もなさそうなあのアホにしては、高評価の部類だと思う。
だから、か。
ふらりと船を降りていつの間にか足はヅラのいっていた居酒屋に向いていた。奥まった路地の一本入ったところに、ぽつぽつとある居酒屋のひとつだった。
黒い揃いの衣が遠くに去っていくのを、煙管を吸いながら見送っていたのが、なまえ。大して気にした風もなく深く煙を吸い込んだ奴は、吹き付ける風から顔を背け、俺を視界に捉えた。
わずかに見開かれる、目。
そこにあるのは驚愕だったのか何なのか、俺にはわからねえが、そのとき奴は確かに笑った。泰然とした眼差しのまま、緩く笑みをかたどって、一言。
「寄ってくか、にーさん」
懐かしいことを思い出したのは、外から聞こえてくるなまえ以外のもうひとりの声のせいだろうか。所謂公敵の、土方。
「物好きな女だなァ……」
くつくつと笑いは漏れる。奪い取った女の煙管に口をつけ、深く吸い込めば嫌いではない匂いが立ち上った。
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