A yearly lie

□Shut her up in his arm
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ギリ、と何かが軋んだような音を聞いた。
同時に熱を持つ右手首。

痛い、わずかに顔をゆがめながら目を開き、倦怠感の残る上半身を起こす。そしてなぜか私の部屋のベッドの真横に立ち尽くす、目に痛い赤のコートの男を訝しげに見やった。


「……なんでここにいるんです、ああ、いえ、なんでもありません。答えなくて結構。
それより、この手首についてる物体は何ですか」

「何って……、見ればわかるだろ?手錠」

「……それがなんであなたの手首につながってるんです」

「俺がつけたから?」


気分が悪かったのが今の一言でどん底に叩き落される。というより怒りで頭痛が増えた。頭痛は増えたり減ったりするものなのかわからないが、とにかく増した。うんざりだ、この似非騎士が。

ずきずきと痛む頭を抑えながら昨日珍しく三月兎と飲んだことを思い出した。アリスが就寝したのを見計らって久々に広場をうろついていると、ばったり三月兎と出くわしたのだ。
そして問答無用で彼御用達のオレンジ色の野菜がわんさかあふれるディナーに招待されたのである。無論酒しか飲まなかったが。

彼の帽子屋自慢を適当に聞き流しつつ酒を干していて、気づいたらかなり飲んでいたようだ。おかげで時計塔の下から階段を上がるのに相当時間がかかっていて、もう起き出していたアリスに苦笑いされてしまった。
彼女に今日は一緒にはいられないことを謝罪して、どうにか部屋にたどりつき、着替えもしないままベッドにダイブして。

目を覚ましたらこれだ。くそったれ。


「何でつけたんです……ああ、っくそ、悪いんですがどこかに座ってください……。うるさい」

「ははっ、なまえがそんなに口調を荒げるのは珍しいね。飲みすぎたの?」

「見ればわかるでしょう」


ははっと明るく笑うさわやかさがいらいらを助長する。耳に響くだけでもうんざりなのに、この男は存在だけですでに苛立つ。全否定ではない、事実だ。
ちらりと窓のほうを見やると、カーテンの向こう側は夕暮れのようだ。射し込む光が目に痛い。

わずかに目を細めつつそちらを見ていれば、騎士は音を立てないようにだろうか、私の座り込むベッドの横に腰掛けた。手錠ががちゃがちゃと音を立てて思わず顔をゆがめてしまう。


「それで、何でつけたんです」

「本当はつけるつもりはなかったんだぜ?君が疲れているみたいだからとりあえず悪戯でもしようかなって思ったんだけどさ」


白い目を向けると奴はあははっと明るい笑みをはじけさせる。胡散臭さのオンパレードだ、苛立たしい。
ずきずきと痛む頭を無視して、ちらと自分の身体を見下ろせば、特に乱れた様子はない。


「安心しなよ、やってないからさ!」

「のようですね。外してください」

「え、何で?」


きょとんとした顔に苛立ちは募る。いっそひっぱたいてやろうかとも思うが、左手では威力も半減だろう。

そんなことより、向けられる視線の中に含まれる不穏なものを、どうやって切り落とすかのほうが問題だった。こちらを見ながらうっそりと笑う騎士は、左手で私の右手を覆った。
灰色の手袋に覆われた指には何も感じられない。ただの、騎士の剣だこのある指だけだ。


「不自由ですから」

「……こんな檻、なまえには何の意味もないだろう?外してみなよ」


すとん、と、落ちるように声のトーンが下がった。指ばかり見つめていたが、そうもいってはいられず、項にばかり注がれる視線に向き合うために顔を上げて、そうしたことを後悔する。

赤い特殊な光を放つ目は、今は殺意を込めて私を見ていた。

ぴり、と空気が冷たさを増したように思う。鋭さが増して、呼吸をするのが苦しくなる。だから嫌なんだ、この騎士の不機嫌と付き合うのは。


「……外さないの?」


首を傾げて微笑む男。その笑みとは裏腹に、溢れ出る殺意は純粋だ。

手錠につながれていてよかったかもしれない、と小さく思う。もしもこの手錠がなかったら、この男は迷わず私を斬ったのだろう。おかげで背筋をつう、と嫌な汗が滲んでいた。


はぁ、と薄く嘆息し、影を使わないまま右手を自身にぐいっと引き寄せる。予想はしていたのだろうが何のリアクションも返さない騎士は、そのまま手錠に引きずられて距離が縮まった。


「……君にしては、積極的だね、なまえ」

「鍵は」

「どこだと思う?」


手首が痛い。さっき軋んだのは騎士が寝ている私を引きずりでもしたんじゃないのだろうか、そんな嫌な想像をして、右手首を見やれば、当然のように赤く腫れていた。もうひとつ嘆息しながら騎士の剣に手を伸ばせば、ぱしん、と腕を捕まれて今度は私が引きずり寄せられる。


「ははっなまえが斬ったら、俺の手首ごと斬るだろ?よしてくれよ」

「……っ痛いんですけど騎士」

「剣に触らないっていったら、離すよ」


離すつもりもないくせに。

近い距離を互いに認知しながら、どちらも動こうとはしない。黙ってその目を見返すだけだ。



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