A yearly lie

□こわいひと
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最初に会ったとき、なんてこわい目つきをする人なのだろうと思った。

それがたまたま彼の機嫌が絶不調になりやすいという、神楽から聞いた喧嘩終了後のことだったから、仕方ないとは思うけど、それでもわたしみたいにチキンな女子からすれば、とにかくひたすら怖かったのだ。
とても怖い生き物と相対している自分に気が付いてしまいたくなくて、でも現実は目の前にあって、返り血のついた顔でわたしを振り返った。


「そんなとこで突っ立ってて平気なの?俺がこいつらみたいなことしないとでも思う?」


にっこりと浮かんだ笑みと吐き出された言葉のギャップにびくつきながら、わたしは思わず後ずさった。
後ろに転がっていた何かに足をとられ、ずてんとみっともなくしりもちをついたのは人だったりしたものだから、チキンのわたしがかすれた悲鳴をあげちゃうのも仕方ないと思う。

あわてて立ち上がり転がった鞄を引っ掴んだところで、わたしを助けてくれたらしい神楽の兄――そのときは知らなかったけど――は笑いながらわたしに声をかけた。無駄ににこやかな声だった。


「次はないと思いなよ。俺結構君みたいな子嫌いじゃないからネ」


その次の意味が何を指しているのかそのときはとっさにわからなかったけど、わたしはびくつきながらはいと小さく声を上げて暗い路地裏から逃げ出そうと走り出した。
繁華街へ出る一歩手前でお礼もいっていなかったことを思い出してあわてて振り返り、姿も確かめずにありがとうございましたと小さく叫んで今度こそ駆け出したのだ。


繁華街をショートカットできる路地裏に入ったときに、ちゃらい男子生徒に絡まれてうっかり犯されそうになったのを助けてくれた、まさに救世主。

だけどわたしにとってとてもこわいひと。

だってその目つきは、とてもとても「嫌いじゃない子」を見ている目とは思えなかったから。

こわいひとだ。


その直感は間違ってはなかったと思うし、実際翌日学校で会ってたまたま神楽とその話題を出したときに、彼女は目を見開いていっていた。


「兄貴がいってたのはなまえだったアルか!道理で昨日やたらアタシの制服やたら見まくってると思ったわけネ。
なまえ、気を付けるネ。兄貴は、自分の兄をこう説明するのも嫌だけど、アタシの兄貴はヤバイやつアル。
昨日は気まぐれで助けてくれたんだと思うけど、あいつは優しさなんてかけらもない男アル、絶対に付け入られちゃダメアルヨ!」


その言葉の意味を理解していたし、わたしは救世主だからといってそのひとにいろいろささげられるほどバカでもない。もちろん神楽自身もわかってはいるみたいだけど。

わたしたちの声が聞こえたらしい、わりと仲のいい沖田くんも交えて聞いたところによると、夜兎工業高校の番長である神楽の兄は、この町にいるあまたの不良さんたちの恐怖の対象であるということしかわからなかった。
そしてそれは間違ってなかったし、そんな恐怖の対象である神楽の兄に、まっすぐに目を見つめられて膝ががくがくするのも仕方なかったと思うのだ。

学校帰りの放課後、神楽と別れた帰り道、夕陽がきれいな道路をぼんやり音楽を聴きながら歩いていたわたしの腕が突然つかまれて、引っ張り込まれた路地裏で、こわいひとはにっこりと笑っていた。


「やっぱり俺、君が好きみたいだ。付き合ってヨ」


どきどきした?もちろん。

でもそれは恋なんかじゃない。今にも切り付けられそうな威圧感が、わたしの頭を焦がした。
とっさに自分でもよくわからないけどとっさに彼の腕を振り払おうとして、わたしはつかまれた腕を乱暴に引いた。
当たり前だけど外れないそれに恐怖しか感じなくて、だからわたしは叫んだのだ。


「嫌です!!」


わたしの声に彼は、神楽の兄は、神威さんは一瞬目を見開いて、それからにっこりとやっぱり笑った。
迂闊にも抵抗してしまったわたしをぐいっと引き寄せて、かなり乱暴にキスしたあと、ぜえはあ情けなく呼吸を乱すわたしを見ながら、にっこりとのたまった。


「ダメ。付き合ってもらうヨ、なまえ」


いつの間に名前を知られたんだとかいきなり呼び捨てかとかいろいろ突っ込みたいところはあったけど、残念ながらこんなに怖い人に逆らう気力なんて、さっきのキスで吸い取られてしまって、わたしはがくがくと震えながら彼の彼女というとんでもないポジションに収められてしまったのだ。

もう、半年も前のこと、だけど。
そして今は、もう、わたしが盛大に振ってしまったんだけど。


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