短編
□101歩譲ったその先に。
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一歩譲って、私が沖田のことを好きだったとしよう。
でも、それが何?
「……疲れる」
ため息を吐きながら、んーと伸びをする。三限目をさぼって体育座りをしているとこは、あんまり人が来ない廊下の隅だった。
窓から射し込む光が身体を包み、眠くなる絶好のさぼりポイント。こういうとき普通は屋上だけど、うちの学校の屋上は完璧に閉じられてて出られない。その代わり、こうのびのびとさぼれる三階の廊下も結構いいものだと思う。
はぁ、と息を指に吹き掛ける。まだ冬というには早く、秋にしてはほんのすこし肌寒い今の季節、こうやって廊下に出てるのも馬鹿みたいだけど。
何が楽しくて、好きな人の隣で、なんてことない顔して授業受けなきゃいけないのか。
「……ゆーうつ」
呟きながら、さぼる前に買ってきたホットココアに口をつけた。熱いそれに舌を火傷しそうになって、一人であつっと声を上げる。
普通だったら、どきどきする。ううん、私も普通の女子だ、どきどきする。隣に座ってることだけでなんだか気恥ずかしくて、声をかけられれば嬉しくて。
でも、なんでだろ。
「――切ない」
こんなにもそばにいるのに。
想いだけが募ってく。雪みたいに深々と降り積もってく。
こんなんじゃ押しつぶされちゃいそうで。
でも言葉にすることなんか、考えられなくて。
不意にチャイムが鳴り響いて、はっと我に帰る。いつの間に零れていたんだろう、涙が頬を濡らしていた。それをぐいっと拭ってまたホットココアに口をつける。廊下の向こうで喧騒が息を吹き返すのを耳にし、ああ、四限目もさぼろうかなと考えた。
そのとき、一つだけ、こちらへとやってくる足音を聞き付けた。誰か、なんて、考えるまでもなくて。
目の前にズボンと履きつぶした上履きが現れる。それから、ぶっきらぼうに差し出された手と、つまらなさそうな君の声。
「早くしなせェ、×」
ああ、こうやってまた、私だけ、好きになっていくんだ。
「……ん」
返事をしながら沖田の手をとって立ち上がる。なんでさりげなく気を使ってくれるかな、また涙が出そうになるじゃないか。
好きだよ、そんな想いを込めた指は、自然に離れていく。君の、その指に絡められたらいいのに。
一歩なんか譲らなくても、私たちの間はこんなにも近くて遠い。
歩いて二歩。
その距離が、埋まる日なんて、くるのかな?
教えてよ、沖田。