短編

□俺にだけ
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昨日作ったケーキを片手に化学準備室に向かう。あの人が風邪でもひいてなければ、きっと今日も私に美味しい紅茶を淹れてくれることだろう。心なしか足も弾む。

あの人、とは化学の担当の、だっさい黒い縁の眼鏡をかけ、栗色の髪をぼさぼさのままにしている、沖田先生のこと。見た目に反して運動神経がいいことと、口が悪いことはみんな知っている。でも、多分これは私だけしか知らないんじゃないかな。


「せんせー今日も来たよー」


化学準備室の扉を開けながら声をかければ、先生はこちらを振り返って如実に嫌そうな顔をした。
気にせず後ろ手に扉を閉めて、ケーキの箱を机の上に起きながら椅子に座った。もちろん口元ににやにや笑みが浮かんでいるのは気付かれているのだろう、びんびんの殺意が顔面に突き刺さる。
いやぁ沖田先生の嫌そうな顔好きだなぁ。


「また来たんですかィ、疫病神」

「可愛い生徒になんてこといってんのせんせってば。じゃじゃーんケーキ作ってみましたー。毒味は済ませてあるから安心してほれお食べ」

「フォーク近ェよつうか邪魔でィ、仕事させろ」

「なんなのなんなの可愛くないねーやだやだ。あ、ね、また髪とか弄らせてよ。私せんせの髪好き」


フォークを押し付けたあと、先生の座るあのくるくる回る椅子の後ろに他の椅子を置いて、それに腰掛けながらブラシを取り出す。本当はさらさらの髪を梳きながら、私がにやにやしちゃうのも許して欲しい。

だって、グチグチいいながら、好きにさせてくれるんだ。


「暇人め。ちっとはましになるよう勉強したらどうなんでィ?」

「やだよ勉強嫌い。特に化学嫌い」

「テスト前あんなに教えてやってんのになんで取れないんですかねィ。脳みそ足りてないんじゃねーか」

「せんせよりはあるよ。化学以外なら強いもん。数学は五本指だぜ」


えっへんと威張ってみせる。この前のテスト期間散々勉強を見てもらったことが懐かしい。

きれいに髪を梳いたあと、先生の眼鏡を外す。うざったそうに目を細めながらこちらを振り返る先生は、やっぱり無意味にかっこいい。この素顔を知ってる生徒って、他にいるのかな。


「うん、やっぱこっちのほうがいいよ。いっつも身嗜みくらい整えればいいのに」

「めんどい」

「モテないよー?あ、どう、食べた?結構自信作なんだよ、そのロールケーキ」


なんせきちんとレシピを見ながら作ったのだ、適当じゃない。

先生はああといかにも面倒くさそうにケーキへと視線を戻した。それを確認したあと実験台のほうに戻って、丸椅子に腰掛けた。


「自分の分は?」

「昨日弟と食べた。本当は銀ちゃんに餌付けしようかと思ったんだけど、うまく食い付かなさそうだし、そこはやっぱやっさしーせんせだよね。よかったね、運良く私の美味しいケーキにありつけて!」

「うぜェ」

「うわー生徒に対してどうなのそれ」


けらけら笑ってしまう。背中しか見えないけど、きっとすんごい苦い顔をしてることだろう。残念、見たい。

そういえばまだ紅茶を淹れてないなと気が付いて、渋々ポットのほうに足を伸ばす。マグカップを二つ棚から出して、茶葉をティーポットに入れ必要なものを二回に分けて実験台のほうへ持っていく。

それに気付いたらしい先生はこちらを振り返って、ものすごく面倒くさそうに舌打ちしながらこっちにやって来た。あーほんっとやる気ない先生可愛いなぁ。


「よっしゃ」

「体よく使いやがって……」

「私今なんもいってないもーん。せんせの自主行動っしょ」

「腹立つこというのはこの口ですかィ?熱湯注いでやろうか」

「きゃー虐待ー」


ふざけながらもにやにやは止まらない。ちらりと見える先生の机の上には、形が崩れたケーキがあった。食べてくれたんだ。

改めて先生を見上げる。端正な顔がつくづくかっこいいや。きっとこの素顔のせいでいろいろ大変だったんだろうな、とか考えていたらじろりと赤い目が睨んできた。


「何にやついてるんでィ」

「やー素顔かっこいいなぁって。なんでいっつもそうしないの?やったらモテモテなのに。あっ、でもやっぱやかも……、く、せんせのこの美しい顔が人目に曝されるとか……。絶対面食いとかミーハーとか来るもんね、したらこういうこともできなくなっちゃうよな……」


一人で思考を巡らせてしまう。いやだってさ、寂しいじゃん、先生とのこの空間なくなっちゃうの。

好きだし、ね。

目の前に突然マグカップが現れてはっとする。たははと笑いながらそれを受け取って、誤魔化そうと開いた唇は、言葉を紡げなかった。


え――?


チュッとリップ音までつけて離れていく栗色の髪。私がついさっき梳かした先生の、髪。意識した途端、頬が熱を持った。え、え、え、え?


にやりと笑う、意地悪そうな先生。


「そういうことは、俺にだけいってもらいやしょうか、×?」


俺にだけ


(……)
(何頬染めてんでィ)
(そっ染めてないし!な、なんなの今のは愛の告白なの!?)
(言ってもわからねェなら行動で示してやりやしょうか)
(嘘うそウソ!!っ、わ、ちょせんせ!!)


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