短編

□甘い罠
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七月八日。
目を覚まして何気なくカレンダーに視線を移し、その数字を見た瞬間、小さなアパートに絶叫が響き渡った。


「うわぁぁぁぁあああああっ!!!!!!!!」


やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。

とりあえずどのくらいやばいかというと、私の命の危機だ。あいつが来る前にダッシュで着替えて部屋の中片付けて、えっとそれからなんだ!?何すれば間に合う!?

いやてか間に合わない!ちらりと視線を時計に向けて、私の頬が引きつったのも許して欲しい。あいつが来るって予告してたのは一時。今時計が示すのは十二時。

着替えながら必死に頭をフル回転させる。今からダッシュでプレゼント買いにいって……、間に合うわけねーし!!奴のことだ、嫌がらせで三十分前に来ることなんか当然、むしろ部屋に私がいないってわかった瞬間バズーカぶちこむような野郎だ。

案の定着替え終わって適度に部屋を片付けて、料理を作り始めたときに、唐突にドアノブががちゃりと音を立てた。合鍵持ってるから中には入れるけど、そうはさせじとさっきチェーンをかけておいて正解だった。危ない危ない。


「おいコラ、×。俺様を入れない気ですかィ?」


聞きなれた声もシカトし料理に励む。あーっしかしもうなんでケーキ買ったのに!プレゼント忘れっかな!!確実に痛い目に合わされる、洒落にならない。


「シカトしてんじゃねえや、馬鹿×」


りょ、料理がプレゼント!

……料理なんて当然だろィって鼻で笑う顔が脳内でリアル再生されてイラついた。料理得意じゃないのに作らされる羽目になってみろっつーの。半泣きになりながら玉葱を刻み、水に浸ける。うーあのお子ちゃま舌に、辛味抜け切ってない玉葱食べさせたらどうなんだろ……うう……。

なんてふざけてたら、ぴっと指先に熱を感じてばっと包丁を手放してしまった。


「――った!」

「……ハーァ、何やってんでィあんた」

「へ?」


後ろ、それもすぐ後ろに声が聞こえて、ぽかんとしながら振り返れば、外に追い出した気になってた青年が立っていた。呆れたように赤い瞳を細め、血が滲む私の指をおもむろにくわえる。ぴりっと指先が刺激を訴えて、ようやく私は今の状況に気が付いた。


「ぎぃやぁぁあああ!!っだ!!」

「うるせえ」


瞬時に手を振りほどいて後退ればべしっと頭を叩かれた。うえええいつの間に入りやがったこいつ!

ちらっと扉のほうに視線をやれば、あぁ……、うん。チェーンは悲しいかな、真っ二つになって玄関に散っていた。くっそ、貧乏だから辛いのに!


「チェーン壊すなよ!」

「第一声が絶叫で次はそれかィ。減らねえ口なら斬ってやりやしょうか」

「目笑ってねえじゃん!!まじでやめてよ泣くわ!」

「今日も今日とて俺の下僕なんだから喜んで斬られろや」

「あんたの下僕になったつもりはないわ!!つーかいきなり何すんだよ変態!」


しゃーっと噛み付くようにいいながら、ふとその彼の姿が気になった。シンプルだけどいつになく真面目っぽい格好に見えるのは、見慣れない色のきちっとした着物だからだろうか。なんか今にもすごいことを言いだしそうだ、なんて思いながら台所の引き出しを開け絆創膏を取り出して貼る。


「いつももっとすごいことしてよがってんのに、これで変態って言われんのは癪でさァ。な、×?」

「――ひゃ!」


ふと耳元に甘く低い声が掠めて情けなくへたりこみそうになる。うぁぁあ頬熱いよぉぉこいつ死なねえかな!!

ばっと振り返って間近でにやつく野郎に、一喝。


「座って待ってろ!!」


ぼやく馬鹿、こと総悟を台所から追い出し、さっさと料理を拵える。あープレゼントないっていったらやばいなまじで。私が太陽に挨拶できるのは今日が最後かもしれない。


「ほらできた」


いいながら居間兼寝室に向かえば、総悟は静かな目で窓の向こうを見やっていた。その横顔の端整な様子を見るたびに、淡い恋情が募る。ムカつくぐらいに横暴だけど、それでも私はこの人が好きなんだ。

ふとこっちに視線が向けられていることに気が付いて、ばっと頬が熱くなった。にやにやし出す馬鹿野郎から視線を逸らして、料理を小さなテーブルの上に乗せる。無駄な沈黙が嫌がらせ以外に思えない。


「じろじろ見んな馬鹿!食べようよ、美味しくないかもだけど」

「美味しくないのは知ってやす」

「ハゲろ馬鹿」


ぶすっと口を尖らせて、二人で小さくいただきますと言葉にする。ぽつぽつと総悟が土方さんに対する嫌がらせの数々を披露するのを、苦笑したりしながら聞いていれば、やっぱり何かが違う気がした。

いつも手ぶら――腰の刀を抜いて――なこいつが、手荷物があるからだろうか。変なの。


「んじゃ、アレ寄越せや」


話に一区切りついたところで、総悟は平然と言い放った。瞬間、もちろん私の顔が強張る。けどまぁ、忘れたもんは仕方ない。多分殺されない、多分!

でもまぁチキンハートなので潔く頭は下げるよ!死にたくないからな!!


「ごめんっ忘れた!!!」

「……は?ケーキまで買っといて?」

「そうだよ!!我ながらびびったわ!!でもまじ本当ごめんっ!!……ふ、不本意だけど、きょ、今日だけなんでもやってあげるよ……」


もごもごと、語尾が尻すぼみになるのも当然だ。自分で言い出しておいてアレだけど、総悟に主導権握られたら死ぬもんまじで。冗談じゃなく。

でも、総悟、今日誕生日だしね。こんくらいならうん、私が死ぬ気で羞恥心とかその他諸々我慢すればいいだけだし、喜んでもらいたいし。

だからへらりと笑ってそういった。

でも珍しく総悟はすぐに話に乗ったりはしなかった。ただ思案するように目を細めて、それからにぃっと笑う。あ、あれ、なんか嫌な予感しかしねーぞ。


「じゃあ、毎日味噌汁作ってくだせェ」

「毎日?いやだから、今日だけつってんだろ。しかも味噌汁あんじゃん」


意味をよく考えないまま返せば、総悟ははぁ、とため息を吐いた。なんだよ失礼な奴だな。

おもむろに手荷物に手を突っ込んで、彼は中から小さな四角い箱を取り出した。それを見て、あ、と気が付く。総悟の見慣れないきちっとした着物姿。いつも持たないはずの手荷物。


かぁあと、頬が熱くなるのを感じながら総悟を見やれば、すっと指が伸びてきて、容易く頬を捕らえられた。そのままいつにない優しい仕草で、彼は私の顔を引き寄せ甘い口付けを落とす。


「俺と結婚しろィ、×」


指輪がす、と嵌められて、私はふふと笑った。

まるで。



甘い罠


それなら嵌められてもいいよ、総悟。
HappyBirthday沖田総悟!!


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