短編

□浸食
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 1.



「あのさぁ、なんなのあんた」

「何が?」

「……うっざ」


舌打ち混じりに顔を歪ませ吐き捨てる。今あたしが立ってるところは夜兎工業高校の屋上に向かう階段だった。その屋上の前の踊り場に座り込む、桃髪。

常に笑ってる印象しかない、高校一の問題児。いわゆる番長という絶滅危惧種。神威というそんな男に、どうしてか、あたしは付き纏われていた。

早くどっか行けよ、と睨みながら煙草を箱から出して、百円ライターで火をつける。むせることなく煙を吸い込んで、じっと見てくる相手を見返した。元はと言えば先にここを占領してたのはあたしなんだ、乱入してくる奴に譲る気なんてない。


「それ、美味しい?」


ふ、と、煙が向きを変える。屋上が見える小さな窓が開いていて、静かに風が頬を撫でていった。授業中の階下に向かうが、誰もが煙草を吸う教室に混じったところでわかりはしないだろう。


「別に。口淋しいから吸ってるだけ」

「ガムでも噛めば?」


馬鹿らしい、と一笑する。早くどこかに行ってほしかった。妙にささくれだった心を持て余しながら、階段に座り込む。少し上を見やれば神威がいたけど、興味ない。


「泣きに来たわけじゃないんだね」

「は?」


意味がわからなくてちらりと見上げれば、いつも閉じているような目がはっきりとあたしを射抜いた。その青い二つの宝石が怖くて、あわてて視線を足元に逃がす。ぺたんとお尻をつけた床が冷たかった。


「普通あんな目に合わされれば泣くんでしょ、女って」


歌うような声に、身体が強ばった。それを知ってるのかどうなのか、神威はにこにこと笑いながらいう。顔なんて見なくてもわかる、こいつは人の不幸を見て嗤う。


「てっきり学校に来ないかと思ったよ、他の女みたいに」

「あっそ」


どうでもいい。この高校で女子が生き残るにはそれなりの覚悟が必要なだけだ。むさ苦しい男共とうまく渡り合うための。

今までいたクラスの女子は、半年が過ぎた頃にはもうあたしと不登校の子以外いなくなっていた。だから昨日のことも予想してたし、対して気にとめてもいなかった。

気に食わないのは玩具にされることだけ。だから学校にも行くし、平然と毎日を過ごす。ただ、授業がかったるくなったから抜け出して、そしたら神威がいた。

クラスメイトでもないのによく知ってるな、そう思いながら煙を吸い込む。煙草に含まれる、名前も知らない中毒性の化学物質が肺を浸していく想像は、そんなに悪いものじゃなかった。


「×、あんた、つまんないね」


ぽつりと落ちてきた声は思いの外近い。はぁ、と煙を吐き出して、じろりと顔を上げた。同じ段に立って見下ろしてくる、男。


「あんた、あたしに何期待してんの?泣いて縋って欲しかった?だったら違う女に頼めよ」


そのまま立ち上がって、唇が掠めるような位置に紫煙を撒き散らす。青い双眸が、憎らしい。

そんなきれいな眼で、あたしを見んな。もっと汚いもん見てるくせに、なのに、きれいなまんまの眼で。


「あたしはそんなに弱くないから」





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(2012/7/25)

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