短編

□The last man to be kind
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「グレイって本当に優しいわよね」


その言葉がアリスの唇から紡がれたとき、わたしは思わず笑ってしまった。
ぎろ、と睨んでくる恐ろしい男に肩をすくめ、彼の上司と一緒にため息をつきあう。


「アリスはまったくわかってないわね、メア」

「まったくだな、ドーラ。私は君のいうことにはことごとく反抗したくなるが、そればっかりは全面的に賛成せざるおえないな」

「まぁメア、そんなに小難しいことを無理していわなくてもいいのよ?あなたのかわいそうな脳の出来はよぉくご存知ですもの」


にこにこと微笑んでそういえば、メアの眉間に皺が寄り、そして同時に顔を青くさせた。
吐きそうなくらいに歪められた顔に気付いた助手兼恋人であるアリスは、すぐにたらいを取り出してせっせと看病をしている。微笑ましいこと限りない。

が、青ざめたメアの指差す先に――つまり私の後ろ――、音もなく現れた男に肩を抱かれて、笑顔が華麗に引きつった。


「……何よ、ドーラもナイトメアも、すごい顔して」

「アリスは知らないんだあいつが何を考えてっ――ゴバァッ!」

「ぎゃっちょ、何やってるのよナイトメア!たらいはここよ!」

「そそそそそんな恐ろしいことを考えるなグレイ……!!私を殺す気か!?」

「俺の優秀な上司はそれしきのことでは死ぬわけないと思っていますから。勿論少し部下の躾をしている間にその山を片付けていてくれますよね。
俺の優秀な上司なんですから」


がしり、と掴まれた手から逃げようと四苦八苦しているときに聞こえた言葉に、あちゃあと手袋で覆われた手を顔面に押しあてた。


「……ドーラ、きちんと躾けられてこい。そのまま顔を出さなくていいからな!」

「メア、あなたあとで絞めるわよ。いいわよねアリス」

「ご自由にどうぞ」

「なっ!?ひっひどいぞアリス!恋人を生け贄に捧げるなんて!ゴパァッ」

「あなたはいつでも生け贄状態でしょうが!!」


騒いでいる彼らに助けを求めても無駄だった。強く掴まれた肩ごと押されて執務室を出る。そのまま行く先は勿論彼の部屋だった。

扉を開けてとんと肩を押され、入ると彼は後ろ手に扉を閉めて私の腰を抱いた。すぐに迫ってくる唇の前に、黒い革の手袋が邪魔をする。勿論私のものだ。

黄金色の目がきつく細められて、腰を指が這う。それを片手で押し止めて笑った。


「ほらね、あなたはやっぱり優しくないわ」


言葉に虚を衝かれたように彼は目を見開き、それからやはり剣呑な色を宿す。抱き締められたまま身体を反転させられて、扉に背中を押し付けられた。


「……それは、君だけが知っていればいいことだろう」


手を掴んで引き離し、グレイは私に口付ける。
いつもブラックコーヒーばかり飲んでいるからか、彼のキスは苦い。
苦くて、甘い。


「――っふ、ぁ、……んんっ……っ、嫉妬、かしら?」


甘い声と同時に響く隠微な音に、少し頬を染めてそう首を傾げれば、蜥蜴がごくりと喉を鳴らした。

私の手を掴んで、彼はおもむろにその黒い革の手袋を剥ぎ取る。そしてそこに口付けながら、私を上目遣いに見つめた。

熱に浮かされたような黄金色の瞳に、胸が高鳴る。

こんなに優しくない男は、あなただけよ。


「優しくないのは、君だろう……?」


The last man to be kind</>


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