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□一
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流麗な着流し姿は、街中では普通に見るものの、この屯所内では些か珍しい。女中たちが着るのは皆一様に揃った着物だし、真選組の隊士で着物を着るのはこいつだけだ。
三番隊隊長、斎藤壱。
霧のような小雨が降る中庭、素っ気ない濃紺の着物を無造作に着流し、静かに草木を見つめる眼差しは、はっとするほど鋭い。そしてそれ以上にその横顔は美しかった。
男とも、女ともとれるような美麗な顔立ちは、涼やかに甘い。その細い体躯でしなやかに敵を切り捨てるさまは、肉食獣の動きを思わせる。
それも、誰も触れられないほど高貴で。
「――風邪、引きますぜィ」
言葉を掛ければ彼、否、彼女はゆらりと振り返った。
藍色の眼がしっかりと俺の顔で焦点を結び、口元には薄い笑みが浮かぶ。
そのなんてことのない表情に見つめられる度、俺は息苦しくなるのだ。
こいつには、俺なんてそこらで泣いてる赤ん坊と大差ないように映っていることを、思い知らされて。
「おや、沖田君。椿の花が咲きましたよ」
穏やかな声に夢想が破られる。男の身なりをし、自分が従える隊士たちにすら自身が女であることを隠している彼女は、口元に笑みをのせたままこちらへとやってきた。
「……ほんとあんたはその花好きですねィ。何がいいんだかわかりゃしねーや」
憎まれ口を叩いてはんっと鼻を鳴らしていれば、そのまま縁側に下駄を脱いで上がりこみ、俺の顔を覗いてくすりと笑う。
いっそ妖艶とさえいえる笑みに、悔しくなる。
女のくせに。
「早春、雪降る中、真っ赤に咲く椿は美しいじゃないですか」
「寒い時期に咲きやがって冬が余計嫌いになりまさァ」
「沖田君は冬が嫌いでしたもんね、昔から。子供みたく夏が好きで」
「あんたと違って老いてねーからねィ」
「可愛げがないところは変わりませんね」
おかしそうに笑われて余計ムカつく。どうせガキでィと拗ねるのもガキじみてて嫌だったので、むっとしたまま口を閉ざした。
「椿が愛でられぬようじゃあ、女性は心も身体も開いてはくれませんよ」
「てめェがんなこというなや!!」
ものすごいこといいやがった女のくせに。
思わず叫べばくすくすと笑い、とん、と胸元に椿の一輪を突き付けられる。意味がわからないまま受け取っていた。
「差し上げます。そういえば沖田君、君確か見回り当番じゃありませんでしたか? 土方君と一緒に。もう時間は過ぎていますが」
「うげ。嫌なこと思い出させやがって……。知りやせん。俺は今日こたつでみかん食うんでィ」
そういいおわった瞬間横の襖が開いて、憤怒の形相の土方アノヤローが出てきやがった。
「そぉぉおおぉおごぉおおお!!!!てんめえいつまでちんたらくっちゃべってるつもりだ!!いーからとっとと行くぞ!!」
「ほら噂したら来ちまったじゃねーかィ。斎藤あとでなんか奢れや」
「嫌ですよ。行ってらっしゃい」
「おう」
「ちぇー。行ってきやーす」
ずるずる土方に引きずられながら、斎藤が笑顔で手を振っているのを見ていた。
彼女の姿が、姉上に重なった。
「……っんとに鼻の下だらだら伸ばしてなっさけねえなぁ」
鼻で笑う声が聞こえて苛立ちを抑えずに土方をにらみあげる。こいつもそうだ。
「なんであいつと喋ってて鼻の下だらだら伸ばさにゃならねーんですか。てめェのマヨじゃねーんでィ」
「はっ、お前もガキだな」
純粋にムカつく。引きずる手を振り払い、かったるい見回りに向かいながらため息の一つや二つつきたくなっても仕方ねえだろ?
近藤さんも、そうだ。土方も斎藤も近藤さんも、俺をガキだと思い込んでる。
確かに俺は隊長格の中では一番年下だし、斎藤は姉上とかなり親しかったからこそ、弟分扱いする。それは今まで庇護下にいたからで。
今はもう、あいつと互角に戦えるくらいになったのに。
「ムカつくんでさァ」
ぽつんと呟いても、聞き届ける者がいないことすら、俺がガキだからに思えた。
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