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□一
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そして二日後。
念のため土方君の計らいで、かえの両親は一日家に寄り付かないようにしてもらえた。おかげでこの風情のない館にいる人間は、私とかえ、隊士が二人に、数人の使用人だけだ。人数が少ないほうが把握しやすい。風太という少年は相手方に知られているため、屯所で匿ってもらうことになった。
先行している山崎君から連絡を受けながら、友近にも繋げ、情報の把握に勤しむ。彼らはもう少し日が暮れてから突入するらしい。
やっぱりあっちのほうが楽しかったなと不謹慎なことを考えつつ、やることもなく愛刀の手入れをしていた。
「壱さん」
名前を呼ばれ襖が開く。かえがつまらなさそうにして立っていた。彼女もまた暇らしい。
彼女はすぐに私の手の中の刀に目を留めた。
「あ、それ壱さんの刀?」
「ええそうですよ」
頷きながら刀身を撫でる。無銘の刀ではあるが、しっくりと肌に馴染むそれは、親しみを覚えるほど心地よい。指先をわずかに引けば、容易に血が零れるほどの鋭利さも、気に入っていた。
「刀工の名前は掘られていないのね。業物かしら?」
「いえ、無銘の剣です。誰も買い手がいないところ、いただいたんです」
「確か局長さんは虎撤を欲しがっていたわよね?壱さんはあまり刀には興味がないのかしら?」
よくそんな情報を仕入れたなと驚きつつも、頷く。研いだ刀は私と彼女の顔が映るほど、磨き上げられていた。
「ええ、特に興味はありません。刀は斬るもの。敵を斬れればそれだけでいい。余計な飾りや美しさを追求したところで、それでは刀を振れないでしょう?ある程度の強靭さは必要ですが」
「でも、この刀をあなたは愛用しているんじゃなくて?」
目を瞠り、彼女を見れば、私の手中に治まる柄の部分をじっくりと見つめていた。洞察力が鋭いのか。賢い少女だと認識を改める。
「よくわかりましたね」
「ちょっと手を柄から離してちょうだい」
いわれるままに手をずらす。高官の娘、というよりむしろ商人のような眼差しだ。ますます意外に感じる。
「あなたが持つところ、他に比べたら色が薄れているわ。長い間握り締めてなければ色褪せるものではないでしょう。うーん、買って四年?」
「惜しい、五年です」
眉をひそめて楽しそうに尋ねられ、呆れながらも苦笑しつつ応える。お嬢さんはちぇーと舌を出して、そして手を伸ばしてきた。
「触るのは、禁止です」
す、とその手を収めさせれば、納得の行かぬ表情を浮かべた。
「あなたの手に赤い傷がつきでもしたら、私の首は刎ねられてしまう。ご遠慮願います。それに――」
立ち上がり刀を鞘に収めながら座り込むお嬢さんに笑いかけた。
「刀は武士の魂。女人がなんの気なしに触れていいものではありませんよ」
「どうして?あなただって女性でしょう?」
「お嬢様、お忘れなく。私は一人の女人ではなく、真選組の隊士です。たまたま身体が女だっただけのこと。お嬢様のように――」
座り込む彼女の腕を掴み、やや乱暴になったことを謝罪しつつ引き寄せる。かえがいた丁度その場所に、今はクナイが突き刺さっていた。腕の中でお嬢さんは悲鳴を上げる。
「心も身体も女でできているわけではありませんから、――っ林!前田!!」
小さく彼女の耳元に囁いた直後、大声で隊士たちの名を呼ぶ。前方向の襖が蹴り飛ばされ、攘夷浪士たちが乱入してきた。
後ろに下がりながらどちらかが来るまでと、刀に手をかける。
そしてわずかな睨み合いののち。
不意に一角が背後から斬り倒され、林と前田の二人組が現れた。
「隊長!」
見る限り林は額を浅く切られたのか血が滲んでいたが、前田は無傷のようだった。隊の中でも強い二人を選んで正解だったな、と笑いながら、かえを彼らのほうへ突き出す。
「かえ様を外へ。土方君に救援の連絡を頼む。君たちが援護しに戻ってくるのはなしだよ」
「隊長まさか一人で」
言葉を聞き終わるよりも早く、背後から斬り付けられた刀に応えるべく、一瞬で抜刀する。斬り伏せたのを目視できなかったらしい敵方の間に、如実に緊迫感と怒気が含まれ始めた。
「早く行け。心配する暇などあらば――、」
三人が団子になっているところに向かわれないためにも。
斬る。
「与えられた任務をこなせ、そう教えたはずだ」
わざとらしくぴっと血を敵方に向けて放てば、彼らの目付きがようやく変わった。やっと本気になってくれたらしい。舐められたものだ。
隊士の二人はばっと礼をすると、そのままかえを連れて駆け出した。追う者はいない。
それはそうだろう、これほど侮辱されてなお、怒らぬのなら、それはもはや武士ではない。
「精々愉しませていただこうか、家畜共。安心しろ、私は今」
「最高に機嫌が悪いんだ」
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