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□一
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個室には私と沖田君だけになる。表情はいまいち読み取れず、とりあえず何か言おうと口を開けば先を越された。
「あれ、俺に関係あったんじゃねえかィ」
「……沖田君、とりあえず座ってください。今度はちゃんと気絶しないで話を聞くので」
思い切り何かを怒鳴ろうとしたのだろうか、口を開くが何もいわずに閉じる。イライラと髪をかいてから、さっきまで局長が座っていた椅子に腰掛けた。
見つめる目は鋭い。それには気付かぬふりをして、もういっそ話を変えてしまおうか。
そんな風に考えているのに気付いたのか、不意に沖田君の身体から怒気が立ち上った。
「いつまであんたは俺をガキ扱いするんでィ!!何が君には関係ねェだ、ふざけんのも大概にしやがれ!!!」
「ふざけてるつもりはありませんよ、ただ――」
「御託はいらねェ。あんたにとって俺は姉上の弟でしかないんですかィ?沖田総悟っつう隊士の一人ですらないんですかィ?」
「沖田く――」
「答えろィ」
気圧されて、吐き出そうとした言葉を飲み込む。落ち着いた怒りだからこそ、彼が真剣だということが伝わる。どう言葉を吐けばいいのだろう。わからなかった。
赤い眼から逃れるように窓の外に目を向ける。うっすらと紫に染まり始めた空が美しかった。
「壱」
珍しく名前を呼ばれた。真選組に入ってから彼の声で呼ばれることがほぼなかった名前。久しい響き。
振り返る。沖田君をしっかりと見つめて、穏やかに笑った。
「沖田君。私は君を子供だと思っていました。いえ、違いますね。子供のままでいてほしいと、思っていました」
怪訝そうに眉をひそめられたが、どうにか言葉を重ねる。下手をすれば泣きそうだった。
「ミツバが死んで、土方君は変わりました」
「――っ」
「君がわからないわけないでしょう。彼は、ミツバの死を受け入れて変わった。そして、君も」
残酷な話だった。私にとっても沖田君にとっても。
目を瞑れば、鮮やかに蘇る彼女との記憶。優しくて儚い、何よりも尊いもの。失われていった大切な人。
涙が滲みそうになるのを必死に堪える。苦しいのは私じゃない。
私よりも、もっともっと彼女を愛していた、二人。この二人のほうが、辛いのに。彼らが乗り越えられたのに、私だけできないなんて、そんなことあり得ない。
沖田君を見上げて、静かに笑った。
「君は強くなりました。信じられないほど強く。でも、私はそれを受け入れたくなかった。女みたいな、未練たらしい考えです。置いていかれるのが、怖かった」
私を置いて、進む。
ミツバ、ねえミツバ。私はあなたの側にいたかった。
私はあなたを護りたかった。土方君のように絶対的にでなく、沖田君のように愛情的にでなく、私は私だけの方法であなたを護りたかった。
あなたの置いていったものすべてを、護ろう。私にできるだけの力で。
そう、誓ったのに。
す、と何かが頬を伝っていった。それが何か確認しないまま、言葉を連ねる。
「だからといって、私が君を縛り止めることなんてできないのに。馬鹿でしょう?」
「壱」
そっと指が伸びてきて、頬に触れた。そのいつまでも小さいと思っていた大きな手を、柔らかく掴んで頬に当てる。
ミツバ。
君の弟は、こんなにも大きくなったよ。
「君は、もう子供ではありませんね。……こんなに、強くなった」
意識しない笑みが口元を彩る。
ただ言葉を無言で聞いていた彼は、不意に私のほうへと身を乗り出した。きちんと互いを認識できるような近さで、赤い瞳と藍色が相対する。
指が目元を乱暴に拭うのを、されるがままにしていた。
「もう、ガキ扱いはなしでィ」
「もう、子供だからっていう言い訳は聞きませんよ?」
「わかってらァ。今は自分のほうがガキ扱いされてるって気付いてやす?」
「可愛くないこといいますね。何度君の鼻水拭いてやったのか忘れたんですか?」
言った瞬間目潰しされそうになり、必死に彼の両手を掴んでぐぎぎぎぎと子供の喧嘩のごとく睨み合う。
「一応私怪我人なんですけどねえ」
「一発ぐらい殴らせろィ馬鹿斎藤」
「君私が寝こけてるときに既に一発殴ってるでしょう絶対」
「証拠もねェのに何いいやがるんでィ」
「あーもう疲れたのでやめます」
力を緩めれば、沖田君も渋々緩めてくれた。怪我人限定で優しいらしい。
不意に彼は私の膝の上に、ぼすんと上半身を預けてきた。いつになく子供っぽい仕草に目を丸め、ふと笑う。うつ伏せになって、聞き取りづらくなった声が呟いた。
泣きだしそうなほど、弱々しく聞こえた。
「心配、したんでィ」
「――」
栗色のさらさらの髪を、くしゃくしゃと撫でる。彼は珍しく文句一ついわずに、されるがままになっていた。穏やかな過去を思い出しながら、静かに言葉を返す。
「――ごめんなさい」
ありがとう。
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