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□一
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08
挨拶を終えた頃にはすでに夕暮れになっていた。同伴した局長と土方君、それから山崎君も疲れた顔をしている。三人からハンドルをもぎ取って運転することにした。
「お疲れでしょう?お休みになってください」
「わりぃな」
「なんで斎藤さんは平然としてられるんですか……?」
局長に至っては返事をする余力すら残っていないらしく、後部座席ですでに寝始めていた。
まあ疲れるのも仕方ないだろう。延々偽沖田君とのらぶらぶ文通を見せられれば吐き気も催すものだ。そもそも文面からしてあり得ない。
「本性を知らない人間の夢想だとあんな風に喋るんだな、と思えばなかなか面白い代物だったじゃないですか。沖田君にも進言すべきこともできましたし。ある意味有益だったと思いますが」
「お前だけだよあれを面白がれるのは……」
土方君は疲れたように眉間のシワを伸ばしてため息をついていた。彼や局長がそこまで疲れてるのは、あのお嬢さん、かえが文通を開始したルートについて一切口を割らなかったからである。
脅すわけにもいかず、どうにか煽てて情報をひねり出そうとしていたが、彼女はそこで遺憾なくその聡明さを発揮した。すべてのその情報に関することを、のらりくらりとかわしきったのだ。正直いって、二人では拉致があかなかった。
つまり私の仕事が一つ増えたわけである。
「ああでもやはり沖田君を連れてこなくて正解でしたね。彼がいたら今ごろ彼女、斬られてましたよ」
「それは俺も思いました。正直あの文面はひどい。でも筆跡はかなり沖田隊長のものに近かったですよね?」
「そうですね、よく似ていました。でもまあ所詮そんなものでしょう。浅はかです」
「インクのこすれか」
ぼそりと尋ねた土方君の声に応えながら、ハンドルを切る。
「ええ。あれは左利きの人物が書いたものです。沖田君のものではありません」
彼女が誇らしげに持ってきた手紙の左端は、インクが滲んでいた。乾いていないうちから文面を綴ったのだろう、擦れたそれは書いたものを証すうちの一つになる。
「あと手掛かりになりそうなのは切手ですね。今日中に確認しておきます」
「ありがとう。君は仕事が早いから助かります」
山崎君に感謝の言葉を簡潔に述べつつ、次に自分がとるべき行動を思い浮べる。
沖田君がいないと、ことが円満に解決するのは確かだが、あの行動力は強力だ。自分の手で確認するには時間が足りない。
だからといって毎日夜中まで仕事をしている土方君に頼むのも悪い。そんなふうに考えているのがわかったのか、土方君が後ろからいった。
「自分の手に余るようなら俺でも使えよ」
「おや、そういったら私が君を過労死させてしまいますよ。大丈夫、隊士たちもがつがつ働かせます。給料上げてくださいね」
「それは無理だな」
「冗談です。それより局長起こしてください。もう着きます」
さすがにそこまで鬼畜ではない。折角私を慕ってくれている手下や遊女がいるのなら、使うまでだ。遊女と情報を取引するには別途料金がかかるのだが、まあそこは必要経費で落としてもらおう。
そこまで考えて夜遊びを禁止されたことを思い出した。
……やっぱり土方君パシろうかな。
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