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□二
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「……大げさですよ、局長は」
「大げさなものか。熱でもあるのかと思ったよ。仕事も大概にして休みなさい。
トシといい壱といい、君らは頑張りすぎだよ。総悟みたく適当でも困るけど、休むことはしないと」
「いえ、そんな大げさなことじゃなくて。ちょっと、――昔のことを思い出していたんです。気にしないでください」
いってから失敗に気が付いた。局長は不安そうに私を見つめて尋ねてくる。そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。
「何か、あったのか?」
「違いますよ。記憶違いかもしれませんし。それより用があってきたのでは?」
最初局長に寝るよう強く勧められたが必死に断って、私たちは座布団をしいて向き合っている。たまたまあったお茶を入れて談笑していた。
尋ねればまだ納得のいかぬ表情だったが、うなずいて不意に顔を綻ばせた。どこから出したのか手には金平糖が入った袋を持っている。うん、渋い。
「いやたまたま美味しいって評判の金平糖をもらったんだよ。こういうのを好きで食べるのは壱しか思い浮かばなくってね、食べよう」
「妙さん、でしたか? 彼女にあげればきっと喜ぶのに」
局長がおよそ不可能といわれている人に惚れたというのは、人づてで聞いていた。何度も返り討ちにあっているらしい。相当愉快なお嬢さんのようで、私としてはぜひお会いしたいところだ。
しかしその名前に彼はずーんと影を落とした。既に失敗済というわけか。
「物だけいただいてくれたんだ……っ!!だが諦めない!!漢、近藤勲どこまでもついていきますウウウッグホア!!!!」
「勝手に盛り上がらないでくださいゴリラのくせに」
手刀をいれて黙らせる。せっかくいただいたのだからと一つ摘めば、なるほど美味い。目を細めたのがわかったのか、彼も咳き込みながら微笑んだ。
「よっ、喜んでもらえてっ、嬉しいんだけどな壱……。近藤さん死んじゃうからね、結構ガチで死んじゃうからね」
「安心してください、私は局長がそれしきのことで死ぬわけないって信じきってますから」
「そりゃそーでしょ!!!手刀により即死なんて恥ずかしすぎて葬式もあげらんないよ!!!!」
「手刀で亡くなった方に死んでお詫びなさい」
「すみませんでしたァアアアッ」
しゃり、という音が心地よく耳に響く。舌触りもよく、噛めばじわりと甘さが広がった。ほんとに美味しい金平糖だ。
「ちなみにこれ、誰からいただいたんですか?」
「ん、トシが女中からもらったらしくてな。マヨネーズかけて食べそうになってたから奪取したんだよ」
「はははあの人の舌はほんと下衆ですよね」
「……」
金平糖にマヨネーズなんてキチガイだろう。いつもは人の好みは千差万別というものの、さすがにこればっかりは許しがたい。
それから穏やかに談笑し、私の顔色が良くなってきたと判断したのだろうか、局長は立ち上がった。
「じゃあ無理はするなよ。明後日行けそうかな?」
「もちろん。ありがとうございます、局長」
お茶をかたしながら微笑めば、彼はボリボリと頭を掻きながら出ていった。照れ隠しの下手な人だ。
用もないのに作ってまで来てくれて、局長は本当に優しい。きっと沈んでいるとでも思ったのだろう。
「ありがとう」
いつまでも、ぐずぐずしていられない。
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