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□二
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ある日突然土方が朝の連絡会議で爆弾発言しやがった。


「明後日から、斎藤の嫁候補の女が一週間屯所で暮らすことになった」

「……は?」

「もう何人かは噂で聞いてんだろーが、こいつの女はあの情報屋、舞岡かよだ。こっちの痛ぇ腹を探りに来る。用心してかかれよ」

「ちょ、どーゆーことですかィ土方さん。こいつの「良い女だからって、手を出したりしたら許しませんよ?もしも出そうものなら覚悟していただきましょうか」」


俺の言葉を遮って斎藤はにこやかに笑って他の隊長たちを気圧していた。

居合わせた彼らは笑みを凍らせる。女中に手を出すこと自体がご法度なため、久々に女がくることに沸き立ったが瞬時に冷水を浴びせられたような顔だ。

違う、それはどうでもいい。

いつのまにそこまで話が進んでる?

見合いの話が出たのは二週間前。それからの途中経過は一切聞いていない。それもこれもザキがバレたのが発端だが、あいつ自体姿を暗ませてやがる。

土方を睨めば、一瞬面倒くさそうにため息を吐いたが言葉は口にせず、斎藤のほうにくいっと首を動かした。奴と目が合えば、彼女は悠然と微笑んだ。

まるで、幸福そうな表情、そのもので。


「――」

「よしそれじゃあ今日はこれで終わりだ。各自励めよ。解散」


土方の号令でその場が終わり、俺は祝福と羨望の言葉を受ける斎藤を乱暴につかんで連れ出した。追ってくる者はいない。

一般の隊士がいないところにつけば、ぞんざいに手を振り払われた。その行為にイラつくと同時に、いいようのないもやもやを覚える。なんだ、これ。


「もう少しときと場合を考えて行動してください、沖田君。私の首をしめるつもりですか?」


女についてのことだろう、眉をひそめ叱責される。それも、なんだかやるせなかった。


「それよりあれ、どういうことなんでィ?説明しろ」

「君に説明する義務はない――っていいたいところなんですがね」


怒りのこもった眼差しに気付いているのか、彼女はため息を吐きながら口を開いた。


「どうせ言葉にしたって納得しないのでしょうが、簡単なことです。沖田君、君は、五年前私がここに戻ってきたときの言葉、覚えていますか?」


話をすり替えるなと怒鳴ろうとして、不意に当時のことが頭を駆け巡る。

白い雪の中、頬を染め、藍のはずの瞳さえ赤く染めて、手には血だらけの刀を携えていたこいつ。あのとき、真っ先に口にした言葉は。


「……どーゆーことでィ」

「『男になる』。私はそういったはず。男になり隊士となると」

「あの女との結婚は関係な――」

「沖田君、いつまで人の話を聞かないつもりです?」


鋭い声が耳を打つ。顔を上げれば藍色の瞳にはっきりとした怒りが灯っていた。


「私は男になります。これでかよと婚姻を結べば、斎藤壱という女はこの世から消えてなくなる。これほど都合の良い話はおそらく二度とないでしょう。

沖田君、君がどういうつもりか知りませんし興味もありませんが――」


「君は、私が男になることを許さないとでもいうつもりですか?」


そんな権利があるとでも?

そういわんばかりの口調に言葉をつまらせる。そう、これはこいつが決めたこと。俺には口出しする権利も何もない。

でも口を開かずにはいられなかった。


「自分を殺すつもりですかィ……?」


彼女はわずかに目を見開き、それから口元に笑みを乗せた。それは、言葉にしないそれは、はっきりと。

寂しい、哀しいと。


「壱――っ」

「当然でしょう。性別など不要。そも、私が女だということで一度でもことがうまく運んだりしましたか?ないでしょう」


返す言葉がない。違う生き方だってあるはずだ、とかそんな馬鹿なことを口にはできないのだ。こいつの四年間を知らないから。

歯噛みし、どうにか言葉を絞りだそうとすれば、冷たい声が耳を打つ。

見上げれば、叫びを抑えこんだ藍色の眼が、俺を捕えた。


「私は、君のお姉さんではありませんよ」

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