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□二
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女が滞在し始めてから四日、見回りを終え戻ってくると、玄関先の庭で立つ人影がいた。だからどうこうってわけじゃねーけど、なんとなく避けて通ろうとすれば、声をかけられる。
「沖田君」
振り返れば、ぽきん、と桜の枝を折っていた。傍若無人もいいとこだ。
「……なんでィ」
「気に入らないって、顔してるねえ」
「悪いかィ?」
「悪いよ」
即答だった。
眉をひそめて睨めば、枝を持ったまま振り返る。縁側へと寄ってきて、少し話そうかと裏庭に促された。面倒に思いながらついていく。たった四日でよく覚えたもんだ。
「私はさ」
小さな池の中でめだかが泳ぐ。それを眺めながら、彼女は口を開いた。
「あの人が初めて店に来たとき、思ったんだよ。この人のためなら、何を捨てても惜しくない、そんな風に」
目を見開く。意味がわからなかった。
こいつは情報屋で、そもそも斎藤との結婚は情報を得るためで――。
けれど、女はくつりと笑った。栗色の髪が揺れる。色だけなら姉上に、いや、違う。この、横顔は。
姉上が、土方を追うときの。
「別に信じてもらわなくてもいいよ。壱さんだって私が本心からそう思ってるなんて気付いちゃいないし。でもいつか、あの人と形だけでも愛し合えば、きっと信じてくれるだろうっていう勝算はあるんだよ」
「あいつが、――でも?」
「馬鹿だねえ。性別なんて関係ないよ。相手がオカマだろうがオナベだろうがそんなものは大した障害じゃない。私が心底愛せるかっていう話」
持っていた、桜の枝から花をそっとつむ。はらはらと散る早咲きのそれは、ひどく小さく淡い色をしていた。
まるで、こいつのように。
「私は愛してしまった。そうなったらもう駄目だ。身も心もすべて差し出したくなった。情報なんて大したものじゃない、代わりにあの人の心が手に入るなら――、なら私は全部をあげるつもりだよ。それくらい、好き」
小さくこぼれた言葉。
不意に顔を上げて、鋭い視線が俺を捕えた。
「あんたはどう?ガキのわがままで引き留める以外に何を差し出せる?あの人に何を与えられる?
私は、あの人に幸福をあげたい。できることなら一緒にそれを作りたいんだよ。
――そんな覚悟もないなら、私が壱さんに与える幸福を黙って見てなさい。弟分らしく、でしゃばらないで」
「……っ」
「それだけだよ。悪かったねえ引き止めて」
そういって彼女は去っていった。早咲きの桜の枝一つ、残して。
俺はそれに触れられなかった。
何もいわずに考えていた。
俺の出せる、答えを。
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