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□二
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かよの去るその晩に、内輪だけで飲もうということになっていた。ただの飲み会だ。
いつもよりも綺麗な振袖を着ていく彼女の袖を引く。振り返ったかよの瞳は、やはり夜を映していた。愛しく思う。
じり、と傷んだのは、忘れられない親友のいるところへの、憧憬。
それでもいい。この女が情報のためにだけ近付いたのだとしても、落としてしまえば変わらない。愛し慈しめば、それは本物になりえるはずだから。
「どうしたの、壱さん?」
「――ん。お願いがある。紫紺の着物を着て欲しいんだ。いいかい?」
彼女の着るものに注文をつけたのは初めてだった。一瞬かよは目を見開き、それからふわりと笑みを浮かべる。頬もわずか朱に染まった。それが愛しくて、頬を撫でて軽くそこに口付けた。
「じゃあ、行こうか」
着替え終わるのを待って、出てきた彼女を促せば、こくりと頷き手を絡めた。玄関に向かう途中会う隊士たちは、皆羨ましそうに私を見る。可笑しな話だ。
外に出て用意していた車に乗る。その場所に向かうまでの数十分間、私たちは一言も言葉を交わさなかった。話すことなど何もなく。
未来への展望?
そんなものはそもそも存在するのだろうか。ふと、車から降りる彼女の手をとりながら思う。
子供ができぬまま、私たちは老いていく。たった二人きりの世界は、どんなところだろう。仮初めの愛情はどこまで持つか。
襖を開けて座敷に入れば、すでに双方親類が揃っていた。私には親などいないから親代わりの局長、土方君、沖田君、山崎君のセットだが。
かよの親類を見やれば、両親、世話がかりのような中年の男、かえだ。あの桃色の髪の男はいない。
「おー壱、かよさんやっと来たか!」
「遅ぇぞ」
「少し、支度が手間取りまして。遅くなって申し訳ありません」
「いえいえさほど待ってませんよ」
「さ、かよも壱さんも座って座って」
かえに促され、上座に座る。無言で見つめる沖田君の視線は、たいして気にならなかった。もしかしたらあの言葉で傷ついたのかも、なんて思っていた気持ちを打ち消す。このドSには大した傷にはならないだろう。
そして女中が出したとっくりとした杯に、上手いと評判の酒が注がれる。かえに手渡され、世話役に、そして両親へ。
なんだか極道の兄弟盃のようで若干抵抗を覚えるが、まあ気にしない。
かよに手渡されたそれに口をつける。喉を流れ落ちるそれは、上品にほろりと苦かった。こんな場面でなければ飲み干したいところだ。今度買おう。
局長に渡す。わずかに目に涙が浮かんでいて、じわりと心を浸食する。にっこり笑えば、こくりとうなずいて口をつけた。土方君にまわされる。
不意に思い出すのは、ミツバのこと。
土方君が口をつけ、それを少し飲んだのを見つめながら、思うのは。
今ならきっと認められる。
私はね、ミツバ。
君のものになりたかった。
君に、必要とされたかった。
君が、君のことが。
好きだったんだ。
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