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□二
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カシャン、と音がして空想が弾け飛ぶ。はっと顔を上げれば、杯を下に置いた沖田君と目が合った。何かを訴える、瞳。
「おい、総悟――?」
言葉は弾き出される。
「気に入りませんねィ」
「はっ?」
「気に入らないつったんでさァ」
それは間違いなく私に向けられたものだった。意味がわからず困惑の眼差しを向ければ、彼は立ち上がりこちらへと寄ってきた。そのままぽかんと見上げる私の腕をぐいっと掴まれ、引きずりだされる。
不意討ちすぎてろくな抵抗もできぬままの私とは違って、周りの人はすぐに動いた。局長と土方君が険しい目付きをして立ち上がる。
「沖田く――」
「総悟、どういうつもりだ?」
「お前、何してるのかわかってんのか?」
「すいません近藤さん、舞岡の嬢さん」
意味のわからない謝罪一つして、彼は私を乱暴に連れて座敷を出た。誰もいない廊下に出たところでいきなり掻き抱かれる。
「おきっ――」
「放しやせんぜ?あんなアホらしいところに戻られるくらいなら――」
「あ、アホォッ!?君は――っ、人の話を聞くこともできないんですか!?」
「馬鹿いうなィてめーとは違いやす」
「ふざけるのも大概にしてもらいましょう。何故、邪魔なんか――」
抱き締める力が強くなる。それはもう痛いくらいに。悪意以外混じってないんじゃないかと思うほど。
「――、沖田君、痛いです」
「おら見ろ、てめェは女だ」
「――え?」
意味がわからなかった。抱き締める力は緩まないまま、唐突に腹部に暖かい何かを感じて焦りを覚えるが、下を見ることはできない。
「何、して――っ」
「俺や近藤さんとは違う。男ならこれを振り払うことも簡単ですぜィ?それもできないあんたは、間違いなく女だろ」
断言口調に頭に血が上る。振り払おうと強い力で藻掻きながら怒鳴った。
「――だとしてもっ!!それで何の問題があるんですか!?彼女と結婚することに何の問題なんて――っぐ」
ない、そう言おうとした口が、塞がれた。
乱暴に手で塞がれて、怒りだかなんだか知れないよくわからないものすべてが、水滴になって頬を流れ落ちる。
悔しい、悔しい悔しい。
沖田君に言い負かされておめおめ泣いてる自分が馬鹿みたいだ。せめて嗚咽は漏らすまいと、必死に口を閉じる。
抱き締める力は、依然、強いまま。
「認めろよ、女だって。第一、他の奴のことしか想ってねーあんたにあの女が気付かないわけねーだろィ?」
「……」
「……まだ頷かねーんですかィ。強情な野郎だねィ」
はぁ、とため息が耳を撫でて、ぞくりとした。それを打ち消すように首を振る。早く放せという意思表示のつもりが、違うように伝わって。
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