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□三
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七月。
しっとりと雨が降る夜、こうこうと灯りがついている部屋があった。確か土方んとこだ。
夜中までご苦労なことですねィと呟きながら、縁側を歩く。向かう先に目を向ければ、案の定奴の部屋も灯りがともっていた。それを確認した上で、声もかけずに襖を開けた。
目を見開いて振り返る藍色の眼。艶やかに流れる黒髪は、紐を解いてたおやかに細い背中を覆っていた。匂いたつような色香に、とくりと心臓が音を立てる。
柳眉をひそめた彼女は、薄い桃色の唇を開いた。
「声くらいかけたらどうなんです、沖田君」
「別にいーだろィ俺だってわかってたんだし」
後ろ手に襖を閉めて、中に入る。敷かれた布団は俺の理性を試しているとしか思えなかったが、どうにかそれから目を逸らし座り込んだ。
「教えてくだせェ」
ため息を吐きつつ、斎藤は髪を櫛で梳いていく。手慣れた仕草。こいつが女だと知らせる白いうなじ。
よく見ればその左腕の動きは鈍い。腕を覆うものは白い包帯で、じわりと赤が滲んでいた。
それは昨日斬り合った傷だ。一月に背中に大きな傷を負い、昨日また小さいとはいえ傷を負うなんてこいつもたるんでると思う。
昨日、斬り合ったのは、屯所内の裏切り者だ。
一月から斎藤と土方が探り続けていた裏切り者。そいつは上手くあの二人と山崎の監視から逃れていたが、ついに昨日追い詰めた。その結果、逆上した奴はこう叫びながら斎藤に斬り付けたのだ。
『あれから五年、俺がお前を忘れたことはなかったんだ――!!!!』
あいつは凍り付いていた。動けない斎藤の左腕は斬られ、土方が奴を仕留めた。そのときあいつは顔を蒼白にし、震える唇を開いて、いったのだ。
『殺し、損ねてたの……?』
五年前。斎藤が、俺たちのもとへ戻ってきたあの日。
俺以外が知っている四年間。
「てめーは何をしてきたんでィ?」
髪を梳く手をとめて、振り返らぬまま、斎藤はゆっくりとしゃべり始めたのだった。
忌まわしい、記憶を。
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