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□三
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「沖田君?」
「梳いてやらァ。櫛貸しな」
「なんですか突然」
不審すぎる。しかも脈絡がなさすぎる。
怪しむように振り返ろうとすれば、くいっと髪を引かれて仰け反る。何かを訴える赤い瞳と合致した。
「痛いんですけど」
「早くしろィ」
意味がわからない。
首が痛いので櫛を沖田君に後ろ手に手渡す。手が放されて楽になったと居直れば、髪が緩やかに梳かれる。
慣れた手つきにそういえば不器用なミツバが、何度か沖田君に髪を梳かれていたことを思い出した。
仕方ないですねィと沖田君が生意気な口調でいえば、ミツバは優しく微笑んで、そうちゃんが上手だからつい頼っちゃうの、そういっていた。懐かしい。遠い昔のことに思う。
「男になるっつって、髪は切らないんですねィ」
穏やかな口調だった。あははとつい笑い声を漏らす。
「いいじゃないですか、このくらい。変装の際かつら被らなくていいから楽ですし」
「嘘だろ」
平然と言葉を吐き捨てられて、びくりと肩が動いた。彼にだけは、知られたくなかったのに。
「姉上が、自分の分まで伸ばせっていったからだろ」
自分は好きな人を引き止められなかったから、切るけれど、でも。
なんて愛しいんだろうと思った。髪を切った彼女は恥ずかしそうに笑い、私は彼女を抱き締めたんだ。ミツバはそっと、泣いていた。
その口で、私には、本当に好きな人ができたら、失恋するまで切っちゃダメよ、なんていうから。
私はいつまでも髪を伸ばしている。いつまでもいつまでも、君を想っていたいから。
知られたく、なかったんだけどなぁ。
くす、と笑いをこぼしてゆっくりと問う。
「やっぱり、気付いていたんですね、君は」
「当たり前でィ」
「馬鹿だと、思いましたか?」
「大馬鹿野郎だと思ってやす」
はは、と笑い声が漏れる。
沖田君にとってミツバは何よりも大切な人。あの土方君さえ認めなかったのだから、女の横恋慕など認めるわけもないだろう。私だってわかってる。
「ならもう、言ってしまいますけど、私はミツバが好きでした。土方君と結ばれて欲しいと思いながら、でもつらかった」
できることなら、私の手で、私だけの手で、彼女を守りたかった。馬鹿な、話。
あの子は最初から最後まで、ずっとずっと、あの人だけを追っていたものね。
あの夜以来、私と土方君は少しだけ互いを許した。ミツバの側にいることではなく、自身の義を貫くことを守り続けた彼は、ああやってミツバを守っていたのだと、わかったから。
適わないなと気付かされた。思えばあの日が本当の失恋だったのだろう。それでも私の髪は長いまま。
「でも、もういい。君にもすべて話せたし、ちょうど良いですね。沖田君、私の髪を、切ってもらえませんか?」
それを置いて、ここを去ろう。
あの男が生きているならもう一度斬り合って、そして、死のう。
十二のときにすでに死んでいるはずだったのに、私は少し生きすぎた。もういい、もう。
疲れた。
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