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坂田さんに途中まで送ってもらったあと、コンビニに入りいつも通り小袖に服を変え、娼館へ帰還する。こちらから居を移す旨を伝え、でもまだアルバイトは続けたいともいえば、かむろ二人に、柳扇たちが喜んでくれていた。それを苦笑しながら眺める。
女としてそこにいながら、遊女として客をとるのでもなく、かむろとして遊女の世話をするでもなく。まさに居候のような生活、悪くいえばヒモそのものの生活を行っていた。戯れもない、ただの夜が香る世界。
そこから帰る私の居場所は、本当の夜。灯りなど一寸もともらない世界で、飢えた獣そのものに、ただ生きる。
どうせ死ぬ。ならば、獣らしく咆哮を上げて、敵すらも道連れに死んでいこう。私らしい終わりを、ここではない別の場所で。
花は咲かすために愛でるべきだ。だからやはりここは私の世界ではない。同じ夜でも色は異なる。
そんなとりとめのないことを考えながら、山崎君に連絡する。任務中だったのだろうか彼の声はわずかに低く抑えられていた。
「斎藤さん?珍しいですね、こんな時間に」
「すみません任務中でしたか?」
「あ、いえ大丈夫です。用件は?」
「娼館から居を移すことになりました。坂田さんの紹介です。私はしばらくそちらに、ある女人と共に身を置きますので、土方君へも連絡お願いします」
「わかりました。夜の連絡はそちらに伺えばいいんですか?」
「いえ、今まで通り娼館で。せっかく長屋に移ったのそれでは無意味でしょう?時間がとれそうなら山崎君も今度私の奥さんに会っていくといい。かなり可愛いらしい方ですよ」
惚気れば絶句される。失礼な。
しばらくして咳払いをした彼は電話越しに苦笑を寄越した。
「期待しておきます。くれぐれも気をつけて」
「君も」
いって通話を終わらせる。ほう、と静かに吐息をもらせば、側に座って戯れていた二人のかむろが顔を上げた。私を見て小首を傾げる。当初顔を見るだけで頬を染めていたとは思えない。
二ヶ月。短いようで長い期間。
何をこんなに感傷的になっているのだろう、とふと思う。偽ではあるが、優しい笑みを浮かべる妻もできた。これから自分が成すべきことも明確にわかる。なのに、沸き起こるのは。
焦燥に似た不安。
終わりを促す自分がいる。逸らせる心がある。死に急いでいるのだろうか。大長編の結末を望む読者のように、ただただ待ちきれない。
それも、怯えているだけなのかもしれないが。
ふ、と笑みをこぼし、かむろたちを優しく撫でる。滑らかな頬、艶々とした黒い髪、きらきらと歳相応に輝く眼。小さな唇にのった紅だけが、彼女らを夜の人間だと示していた。
「宮、紅。私の相手はもういいよ。姉さま方についてお行き」
「「はい、壱様」」
部屋からとてててと出ていく二人を見守った後、おもむろに愛刀を腰から外す。
皮肉なものだ、仇敵の刀を愛刀などと呼ぶなんて。手入れ道具を取り出しながら、鋭い刃先に指を這わせる。幾度となく私を救い、いつまでも側にあるそれ。
「……終わらせような」
ぷつりと赤い滴が指先に生まれる。
もう、悪夢は沢山だ。
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