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「先ほど、土方君から預かった件の対象に会いました」
「本当かっ!?」
「ええ。わざわざ私に会いに戻ってきてくださったようですね。やはり神楽とは親類縁者のようです。妹をよろしくと」
お猪口に酒を注いで、一人飲み干しながら応える。土方君は厄介そうに眉をひそめ、飲み物を軽くあおった。
「監察が動いても見つからなかった、ってぇのに、随分気紛れな野郎だな。なんか情報聞き出せたのか?」
「生憎名前しか。神威、そう名乗ってくれましたよ。夜兎らしく闘争心むき出しでした」
「神威……。知らねえな。あとでザキに調べさせる。永倉でどうにかなりそうか?」
「無理でしょうね。正直私ですら適うとは思えません。沖田君と共闘しても五分……か、下手をすれば劣勢でしょうか」
今日受けた印象をシンプルに言葉にすれば、そうなる。どんなに私の状態を最高に設定したところで、冷静に考えても適わない。私の仇敵すら彼の前ではただのゴミに等しい。
土方君は私のその冷静な言葉に目を丸めた。信じられないのだろう。真選組内で一二を争う実力を持つ私が、戦いもせずにそう判断したことが。
「……お前がそういうならそうなんだろ。いらねえ藪をつついちまったみてえだな……」
「本当に。しかも私の所属もばっちり押さえられてかつ、名前も知られてしまったんですから困りものですよね……」
嘆息しながらそういえば、土方君はぴきりと凍り付いた。ああこれはいうべきことじゃなかったな。
「さ・い・と・う?」
「いやぁ応えなければ士として失礼でしょう。つい、ついね」
あは、と笑えば馬鹿かてめえはと怒鳴られた。そういえばこういうやりとりも久しぶりだ。懐かしいものである。
「おい何一人で懐かしがってんだてめえは……?一回あの世からやり直すか?」
「土方君瞳孔がん開きですよ、抑えて抑えて」
「誰のせいだと思ってんだァアアッ!!」
「あはは、まぁそういわずに。名乗らなければ彼の興味を失って、殺されていたかもしれませんから。そのくらいの保身なら許してくれるでしょう?」
穏やかにそう問い掛ければ、彼は渋々といった体で怒気を収めてくれた。
今思い直せば、我ながら危ない橋を渡っていたと思う。夜兎が引き連れる徒党がどれ程の力かは知れないが、恐らく私一人殺すことなど他愛なかったに違いない。
「ならやっぱりしばらくあいつに関してはシカト決め込むしかねえな。気が向いたらてめえを片付けにくんだろ。自分で撒いた芽は自分で摘めよ」
「私のせいじゃないと思うんですけど……。でもまぁ、もしかしたらこちらの件と繋がるかもしれませんし、そこそこにやります」
「そこそこォ?」
いちいち細かい人だ。だからマヨネーズみたいな脂肪分ばかり食べるんだなぁと思いつつさらりと返す。
「冗談です。そういえば局長は今日いらっしゃらなかったんですか?」
「ああ。さすがに何度も揃って抜けるわけにはいかねェだろ。お前が元気にやってるか確認してこいっていわれたよ」
本当に父親みたいなことをいう。わずかに苦笑をもらす。
「でも他に一人来るって聞きましたが……」
問えば土方君はあぁ、とわずかに口調を濁し、慣れた様子で煙草を取り出した。それを抜き取りつつ、視線で先を促しても答えない。
こうなったらもう答えないことはなんとなしにわかっていた。仕方ないから諦めて、報告を済まし連絡を終える。
土方君が腰を上げたのを区切りにお開きとなった。泥酔した山崎君を車に押し込めるのを手伝い、彼らを見送った。
結局、一人誰かを置いて帰ってしまった。
あとで待っているといっていたな、とかむろ二人の言葉を思い出しながら部屋へと向かう。与えられた部屋に戻る途中の廊下で、突然伸びてきた手に近くの部屋へと引きずり込まれた。
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