ss
□四
18ページ/20ページ
18
「―――っ!!放せっ!!」
「嫌ですねィ」
「……――っ」
聞き慣れた彼の声に、違う恐怖を覚える。乱暴に髪を結わいていた簪が外され、かつらを引き剥がされた。
「いっ――痛いですよ!!やめてください沖田君、ハゲたらどうしてくれるんですか!!」
頭皮が引きつれる嫌な音がした。顔を歪めながら訴えつつ、相手を見て気付く。そうか、彼が私の髪を見たのはあれ以来なのか。
ひどく、ショックを受けている顔だった。今にも泣きだしそうな、悲しそうな顔。
ぎゅうっと子供が縋りつくようにして抱き締められ、それを拒否することはできなかった。傷つけたのは、紛れもなく私だから。
「本当に……、切っちまったんですねィ……」
零れた吐息混じりの言葉が耳にかかる。さらに背が伸びたのか、少しだけそれは遠かった。
応えることもできないまま、沖田君越しに部屋の中を見回す。私の部屋の隣だった。敷かれてある布団と、衝立てが、どういう意図でここにあるかなど特筆せずともわかるだろう。灯りはすでに消えており、かむろたちも側にはいない。
逃げられる、だろうか。
考えるのは向き合うことでなく、逃げること。彼と向き合うことは、まだできない。今抱えてる案件をおわらせなければ、到底できる気がしないのだ。
向き合うべきことでは、ないのかもしれないけど。
「なんで、俺には居場所を知らせなかったんでィ」
「……聞かなくともわかっているくせに。君は過保護ですから」
遊女の格好。
改めて自分が女なのだと認識させられる、嫌な格好。でもここにいる分には、これほどいい隠れ蓑はないだろう。事実誰にも気付かれたことはない。
はたから見れば、こうやってただ抱き締めあってるだけでも、十分遊女との恋に見えることだろう。ならそれでも構わない。本気でさえないならば。
いつからこんなことになってしまったのだろう。私たちは姉弟のようなものだったのに。それ以外でもそれ以下でも、ましてやそれ以上でもなかったはずなのに。
馬鹿な、話。
本当に馬鹿な話だ。
.