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□四
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「……まだ、諦められない、なんて話は聞きませんよ。もう君は、聞き分けのいい大人の男でしょう?」
宥めるような優しい口調を意識してだし、彼の栗色髪を優しく撫でる。大きな子供。大事な弟。
擦れた声がそっと耳元に落ちていく。もう少年ではない、大人の声。
「……あんたが求めてんのは、聞き分けのいい男なんかじゃねェくせに」
「……君には、それを求めます。私にガキ扱いされるのが嫌なんでしょう?」
「嫌でィ。なぁ、ならせめて、あんたの身体で諦めさせてくだせェ」
その声音が、内容とは大きく掛け離れて切なげで。
応えられずにいれば、ぐいと身体を押し倒された。初めてこの部屋で、用途通りに使われようとする布団の上に。
狂おしいほどの恋情を秘めた赤い瞳が、まっすぐに私を貫く。それは今にも泣き出しそうなほど、愛しく見えて、哀しくなる。
どうして、君は私なんかを愛してしまったんだろうね。
「壱……」
低い擦れた声が名を呼んで、震える指が衣を乱そうと伸びてくる。だけど、応えるわけにはいかない。
私はまだ、向き合えない。
そっとその手を押し留め、失望に似た嫉妬を孕ませた瞳を知りながら、彼の唇に己のそれを重ねた。触れるだけの些細な口付け。
すぐに引き離して、彼の頬を撫でる。どうしようもない子供を宥めるように、優しく。
「沖田君。君なら、わかってくれるでしょう?私を愛撫したくとも、君にはそれが適わない」
「壱……」
「せめて、私自身が見たいなら、それもいいでしょう。君がそれで諦めてくれるなら」
淡々と、言葉を連ねる。彼は苦しげに顔を歪ませて、それから小さく言葉を落とす。泣きそうに、哀しそうに、切なげに。
「見せて、くだせェ」
微笑を浮かべながら、そっと彼の腕を押し戻して立ち上がる。彼に背を向けたまま一人では着れないその衣を、ゆっくりと解いてゆく。羞恥は存在しなかった。
冷たい夜の空気がしっとりと、剥き出しにされた肌を覆う。雨を孕んだ夜風のおかげかいつもは痛む傷の数々も、痛みを訴えることはなかった。
きっと月夜に照らされて、しっかりと見えたことだろう。女とは思えぬほど傷まみれのこの身体。人を斬り、そして斬られた私自身。
最後の一枚をするりと足元に落とす。真っ先に目につくのは、一月のときの背中の傷だろうか。
ゆっくりと振り返る。座り込んでいると思っていた彼は、思いの外すぐ近くに立っていた。黙って抱き締められる。強い、大人の男の力で。
「……もう、いい」
その言葉に、ほっと力が抜けた。やっと、忘れてくれるのか。
彼はそのまま私を布団の中に押し込めて、ぎゅっと裸体の私に抱きついた。子供のような愛しい姿に、ただ哀しくなる。
可哀想。君は可哀想。
大事な君。
私なんかを愛してしまった、馬鹿な君。
君は、可哀想。
つ、と冷たいものが、押し付けられた肌を伝った。それが涙だと知りながら、彼の髪を優しく撫でる。
そうして、小さく呟いた。
「おやすみ。総」
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