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夜。空の色が濃くなり始めた頃、娼館に色鮮やかな灯りがぽうっとともる。段々と闇が深まりだして、座敷は喧騒に呑まれていく。
二ヶ月の間に随分と慣れたものだ。お猪口を傾けて喉を潤しながら、窓の向こうに目をやる。ネオンが目に眩しい夜の世界を肴に酒を飲むというのも、自虐的で笑えてしまう。
ほとほとと襖が叩かれ、かむろの声が耳に届いた。
「壱様、お客様が参られました」
「壱様、出て来て下さいな」
女将に二人して呼びにいけと追いやられたのだろう。苦笑を漏らしながら立ち上がり、襖を開ければ、二人が覗き込むようにして座り込んでいた。私を見てにへらと笑う。
「連れていってもらえるかな、宮、紅」
こくりと頷くと二人は私を引きつれて歩きだす。これじゃあどちらが遊女だかわかりゃしない。
二人のかむろに連れて行かれた先は、山崎君が来るときの座敷だった。襖を開けて入れば、久方ぶりに見る局長と土方君の驚愕した顔。
それもそうだろう、小袖自体滅多に着ないというのに今私が着ているのはなんだ。あろうことか遊女が身を包むそれだ。
「壱……?あれ、壱だよね……?え、おい山崎……」
「安心してください局長。この人は斎藤さんですよ」
「………」
土方君に至っては絶句だ。失礼な。
他の数人の遊女と酒を持って、彼らの間に腰を下ろし、酌をする。無論私は局長と土方君の間だ。山崎君には何度も酌をしてやった。
「壱、なんでそんな格好してるんだ?」
「こちらのほうが動きやすいからですよ。さ、お飲みになって。近藤様」
にっこり笑いつつ酒をお猪口に注げば、局長は嬉しそうにでろんと頬をゆるませた。わかりやすいなー。
振り返り土方君にも酌をしようとすれば、軽く首を振って止められた。視線で問えば面倒そうな口調でいう。
「あとで報告すんだろ。酒が入ってりゃろくに聞けねえ」
「相変わらず真面目ですね。君らしい」
ふふ、と笑いを漏らせば、どこかへと逸れていた視線が戻ってくる。彼は真っ正面から私を見、唇に笑みをのせて苦笑した。
「やたら慣れてるから変わったのかと思うな。でも変わんねえ」
「当たり前でしょう。これくらいで変わるほど、私の精神は柔じゃありませんよ。知っているくせに」
表情が和らいだのを自覚した。それを見てとったのか、土方君も笑みを深める。
変わらない。私が誰を想うかなんて。
変わるはずがない。
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