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□五
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「――その汚ェ手を、退けな」

「生憎、欲しがってる女にやらねェほど下衆じゃねェよ」

「――はぁっ!?ちょ、ふざけ」


空気を裂く音が間近に聞こえ、目を見開く。いつの間にか、私は彼の腕の中に収まっており、高杉と相対していた。左頬がわずかに熱い。見やれば高杉の右頬も赤い液体が流れ出ていた。一緒に斬れたのか。

刀を持っていない状態でも、奴は平然と笑んでいた。


「斎藤。いつでもこっちに来たくなったら来い。てめェならいくらでも歓迎するぜ」

「黙れ」


刀を向けて私を抱く彼の声には、溢れんばかりの怒気が含まれていた。瞳孔さえ開いているんじゃないだろうか。

乱暴に引き寄せられ廊下へと連れ出される。幾度か転びかければ無言で担ぎ上げられた。


「わっ、ちょ、そこまでしなくても――」

「黙ってろ」


思わず言葉を飲み込む。こんなに冷たいこの少年の声を聞いたことなどなかった。怒っているのがありありと伝わってくる。説教じゃ済まないかもしれないな、これは。


そう呑気を心の中だけでも装うが、すでに限界を越えている身体はぼろぼろだった。

連日の拷問に立て続けの情事で、塞がっていたはずの傷から血が流れ落ちていくのを感じる。また熱がぶり返したのだろうか、ずきずきと頭の痛みが増してきた。視界も不安定に揺れ、焦点は定まらない。

歩いていく道は、すでに大量の屍が積み重なっていた。気を失ったり本当に死んだ眼が虚空を睨む。その中で、一つだけ生きた視線がこちらを呼んでいた。彼はそれに応えてそっちへと向かう。


「また子……」


名前を呼んでも彼女は何も言わなかった。

彼もまた、無言で戸を引き、外へ出る。そのまましばらく身を揺られていれば、不意に彼は立ち止まった。


するりと身体を下ろされ、初めて周りが目に入る。色づいた木々、吹き抜ける冬の風。季節に取り残されたような心許なさを覚え、身体が傾ぐ。頭が、痛い。


「……馬鹿野郎っ!!」


強く、掻き抱かれて、いとおしい赤が滲む。


もう、何もわからなかった。


私の涙が見せた赤い幻想なのか。

君の涙が伝うこれが本当なのか。


「おき、た……く、ん」


せめて、目を覚ましたら。

君の顔が見たいよ。

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