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□五
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背後から腰を抱くこの男が本物の高杉晋助なら、先ほどの銃撃も彼の配下来島また子に違いない。

足の腱を狙ったのだろうが、恐ろしいほど精密な射的の腕だ。ぎりぎり避けたものの、踵は完璧に削れている。正直こうやって立っていることさえ辛かった。

彼女もいるのならあとの二人、河上万斉に武市変平太もいるのだろう。今すぐにでも土方君に連絡をとりたいが、それよりも先に、私は生きて帰れるのだろうか。


浅い呼吸を繰り返す。その度に刀と触れる肌が痛みを訴えた。これが、何の躊躇いもなく引かれたときが、私の終わり。

息を潜め、意識をどうにか集中させる。瞼を閉じ、脇差しを強く握り締めたそのとき。


ぽつりと落ちてきた言葉に、私は凍り付いた。


「てめェ、女だな?」


私だけにしか聞こえないような声量で呟かれた言葉。それを理解するよりも先に、鳩尾に受けた打撃で意識が引き離されていく。最後に見た男の顔は。


悪人そのものだった。



一度目を覚ましたとき、私は布団の上に寝かされていた。手首には手錠、足首には枷をされ、そして自白剤の類を飲まされそうになり、がむしゃらに抵抗しその丸薬を破壊することに成功した。

薬を飲ませようとしていた奴らを睨み付けていれば、それを見ていたらしい高杉が今度は液体を持ってきた。また同じように抵抗しようとしても、丸薬とは違い液体のものは注射でもどうにかなる。

自白剤ではなかったようだが、その薬は私の意識を混濁させるのには適していた。身体からすべての力という力が抜け切り、私は深い眠りに落ちていった。


私の意識はまるでとらえどころのない風船のように、浮いては沈みを繰り返した。目を覚ますようなところに近づいても、引きずり込まれるように眠らされ、それは逆も然り。

身体が重く熱を持ち、気怠さが漫然と染み付いていく。早く目覚めなければと焦っていても、それさえ失われていくような恐怖を覚える。

どれくらいの時が失われていったのか、わからなかった。あの日から何日が過ぎている?いや、まだほんの刹那?それとも数週間?


何もわからなかった。ただ息苦しさだけが頭を占めて、呼吸がしたかった。

自分の呼吸音すら聞こえない夢のようなそこで、どうしてか、時折赤い花が思い出したように咲いていた。


あの、赤い花。

あれの、名前はなんだった――?


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