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□五
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03
「――っけほ」
唐突に、目を覚ました。身体が異常に熱く、頭も重いが、意識はしっかりしていた。残るのは熱と重みと強い気怠さ。嫌な薬を使われたものだ。
咳き込みながら上体を起こす。一度目覚めたときには気付かなかったが、あの衣服は取り払われ、代わりに白い浴衣を身に付けていた。その中で、明らかに異色を放つ二つの拘束具は、あえて見なかったことにする。
それから部屋の中を見回して、じっと見つめる視線には応えなかった。部屋は狭い。布団の脇に脇差しがあるかと期待したが、あるわけもなく。背後には窓があるのか、温かな光を背に感じた。今は何時だろう。
「……敵に捕まった気分はどうだ」
嘲るような口調に苦笑をもらすことで返す。
「最高、とは言い難いですね」
「は、そいつァ結構」
部屋の隅で派手な着物が身動ぎする。陽光から逃れるように影に座る男は、口角を吊り上げて笑っていた。
光を受けていないはずなのに、その隻眼は暗い色を宿し燃え上がる。なるほど、奴が私たち真選組に引っ掛かりもしないわけだ。
格が違う。
重みが違う、怒りが違う、嘆きが違う、痛みが違う。
覚悟が、違う。
その目に宿す色の深さ。そこに映し出されるものが心ならば。
「……」
薄らと身震いさえしたくなる。恐怖に?
違う。私のこれは、喜びだ。
これほどまでに強い怒りを持った存在に出会えたことへの。
戦いたい、斬り合いたい。何度斬り捨てられても、幾度となく私を戦わせてくれる、そんな暗く甘い予感がする。二度と抜け出せなくなるほどの、暗い、予感。
でも、それは。
ふと脳裏に次々と浮かび上がった人たちを思えば、些末なことに過ぎないのだ。す、と沸き起こった闘争心が、急速に失われていく。そんなものよりも、これから。
「可笑しな奴だな」
不意に声が聞こえ横を流し目で見やれば、高杉は杯を傾ける。手慣れた仕草がいっそ小憎らしい。
「殺意剥き出しになったかと思えば、あっという間に消しちまいやがって。つまらねェ」
可笑しいのかつまらないのかどっちなんだ。わけのわからぬことをいう。
酒を羨ましく思いながら視線を逸らす。なぜ鬼兵隊のトップである奴がこんなところで油を売っているのだろうとか、そういうことも考えなくはなかったが、今大事なのはそこではない。
「……私は何日寝込けていましたか」
「一週間、いや、六日かそこらだな」
そんなに長い間、人間は食事なしで生きられるものなのか。
いや、違うな。あまりに意識が混濁していて定かではないが、確かに口に何かを流し込まれた覚えはある。……吐き出した気もするが。なら流動食の類を注射で流し込んだのだろう。ご苦労なことだ。
もう一度視線を戻せば、眼差しが交差する。先のように奮起する心を押し留め、淡々と尋ねた。
「自白は成功しましたか」
彼はくい、と片方の眉を上げて可笑しそうに笑った。
「覚えてねェのか。洗い浚い喋ってくれたくせによ」
「例えば」
間髪入れずに問えばにやにやと笑っただけだった。くだらない冗談だ。ただ、これから先に起きることがわかった。尋問、いや拷問か。
そのとき私は忘れていた。
私を捕えたときこの男がいった言葉を。
薄い笑みを口元に浮かべ、挑発的に言葉を紡ぐ。
「私から情報を引き出せるとは思わないほうがいい。何分口が固いので」
それを受けて、攘夷過激派のトップである指名手配犯は、くいと唇の端を吊り上げて笑った。凶悪に、悪人そのものの面で。
「そいつァ楽しみだな」
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