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□六
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目を覚ませば、真っ先に目に入ったのは見たこともない天井だった。屯所ではない。あの格好では屯所に連れ帰れない、ならここは、沖田君の別居だろうか。
真選組の隊長クラスともなると、必要に迫られ別居を用意する場合もある。きっとここは彼のそういった部屋なのだろう、机の上や本棚は書類でごちゃごちゃだった。
上体を起こせば、風邪のときとよく似た倦怠感が身体を苛む。ずきずきと痛む傷に顔を歪め、ふと膝のほうに重みを感じそちらを見やれば、沖田君が眠り込んでいた。
それを見て、ようやく戻ってこれたのだと実感する。狂おしいほどの痛みが、じわりと胸を締め付けた。
きっと看病し疲れて眠ってしまったのだろう。傷を確認すればある程度の処置が施されていた。指先すら包帯で厳重に巻かれていて思わず苦笑する。これじゃ包丁も握れない。
その指を、そっと彼の髪に絡ませてみる。憎らしいほどさらっさらなのは子供の時分から変わらない。懐かしさに双眸を細めていれば、はしっ、と指を掴まれた。顔を上げた彼は眉をひそめ、それから唇を尖らせてこちらを睨む。
「起きたんなら起こしなせェ」
「今起きたんですよ。おはよう、沖田君」
「ん」
猫のように伸びをする彼を眺め、立ち去ろうとするのを制止する。聞かなければいけないことがあった。
「――私は、除名、されましたか?」
振り向いた彼は的確に私の視線を捉え、ゆっくりと首を振った。
「まだでィ。土方さんにはあんたを連れ戻した連絡もしやした。でも、覚悟はしてなせェ」
「……捕まったときにすでに覚悟はしてましたよ。こんな有益な情報、彼らが漏らさないわけがない」
女人禁制の真選組の幹部の一人が、女だった。
平隊士ですら知らぬ情報なのだ、土方君や局長にすら責任を問う者も現れるだろう。なら私がいなくなるほうが、すべて丸く収まる。
昼の陽気が射し込む窓のほうへと視線を逃し、ぼんやりと違うことを考える。誉は無事だろうか。私が突然消えたことを、どうやって長屋の者に説明したのだろう。それとも、彼女も奴らに狙われたのだろうか。それに、私の愛刀は今どこにあるのだろう。
でも、どんなに意識を逸らそうとしたところで、その事実はきっと変わらない。最後の機会、かよとのあの見合いを蹴った時点で、こうなることは決まっていたのだろう。
不意に片頬が温もりに包まれ、振り向くよう促される。
「泣いて、るんですかィ」
「……いえ」
逆らわずに振り向けば、部屋を出たのだと思っていた彼の、痛切な瞳と相対した。
いなくなる。彼や、彼らのところから。あんなにも愛しく、大切なところから。この彼の視線の中から。
いなくなる。
「大丈夫ですよ。泣くところはわきまえているつもりですから」
優しく微笑したつもりだった。いつになくその笑みを作るのがぎこちなかった。きちんと笑みをかたどっているだろうか、引きつってやいないだろうか。この笑みを、刻めているだろうか。
君の、中に。
「なら、――泣けよ」
「っ」
唐突に、抱き締められる。押し返すこともできぬままただ戸惑っていれば、背後に回った手が優しく背中を撫でてくれた。その穏やかなリズムに、暖かな温度に、ずきずきと疼いていた心が、泣き叫ぶようにして痛んだ。
もう、いられない。
君たちの隣で、笑い合い、飲み明かし、語り合い、
君たちの前に、駆け抜け、斬り合い、斬り込み、
君たちの後ろで、背中を合わせることも、背中を預けることも、
適わない。
終わり、だった。
終焉、結末、なんでもいい。
私が作り上げてきた斎藤壱という男の、おしまい。
「……――っ」
涙が、音もなく頬を伝っていった。呼吸さえも苦しくなるような、声にならない叫びが、喉の奥から溢れだす。
もう適わないことだと知りながら。
それでも。
君たちのそばに、在りたかった。
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