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□六
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「……というわけで、これからお前は栗子さんの護衛官だ。もうとっつぁんにも話はいってる。手出したら丸焼きにするっつってたから忘れんなよ」

「――は?」


今なんといったこの人。

手に持っていたスプーンを危うく取り落としそうになる。


あれから土方君の運転する車は病院へと直行し、私はすぐに入院と決まった。土方君は一旦屯所に戻り、朝方局長と共にこちらに戻ってきてくれたわけである。申し訳ないほど至れり尽くせりだった。

手術するほど大きな傷がなかったため、ある程度検査や処置を済ませたあと、個室にて点滴を受けている最中だ。コンビニで買ってきてくれたらしいゼリーを食べていれば、いきなりのその言葉。


局長を困惑顔で仰ぎ見れば、満面の笑みで彼は頷いた。


「壱がいなくなって一週間経ったくらいからトシがな、お前の次の職を検討し始めたんだよ。女として、でもその刀を生かせるような、壱が働ける職うぉっ」

「言わなくていいっつたよなぁ近藤さんんん……?」


真選組に残すという考えはなかったんだろう。期待はあまりしていなかったが、やはり辛いものがあった。

でもそれよりも何よりも、土方君のその処置は有難い。だから彼は甘いと言われるんだなと思いながらも、感謝をしてもし尽くせなかった。


照れ隠しかなんなのかはわからないが、局長を一発殴った土方君に笑いかける。我慢していた涙がまたこぼれそうだった。


「ありがとう、土方君」

「感謝はまだ早い。まだ隊士にも話してねえし、あとはてめえがどうにかすることだ。俺も近藤さんもこれ以上の甘えは許せねえ」

「無論承知済みです。正直ここまで手配してくれるとは思っていませんでしたから」


本当は、またこうやって話すこともあるのかさえ疑っていたのだ。

今でこそ鬼の副長と呼ばれる彼が、こうして昔の縁で私を生かそうとしてくれることが嬉しかった。実の娘のように可愛がってくれる局長も、土方君も、寄りかかるにはあまりにも心地好すぎて。


甘えて、いた。

今度こそ自立して、逃げずに向き合わなければいけない。今まで知らぬふりをしていた私の性を、理解しなければいけない。

ずっと前、吐き出したあの言葉が不意に耳元に蘇る。真っ正面から見たわけでもないのに、どうしてか幼い私の死んだ眼が脳裏に浮かんだ。


『男に、なる。私は、……人殺しなんだ。だから、だから罰を受けなきゃいけないんだ……っ幸せになんかっ!!』


なっちゃ、いけない。

その言葉はどこに行ったのだろう、思い出して見ればどうだ?彼らと過ごした五年間、私は、こんなにも。


幸せだった。

くだらない偽りなど関係なく、私はここにいて確かに幸せだったのだ。

今更気付いたところで何かが変わるわけではない。私の罪の意識が変わるわけでも、ここにいられるわけでもない。

唇に笑みを刻んで、紫煙を撒き散らす土方君と、私の手を握ってくれている局長を見上げた。涙などは流さない。その理由は、女でないから、ではなく。


私が斎藤壱という人間だから。


「ありがとう、土方君。それから、……近藤さん」


局長の目が見開かれる。そうだった、昔は彼をそう呼んでいたんだった。慕っていた彼と、自分の立場を間違えないようにと作った線引きが、消える。

もうそれは、必要のないものだ。

不意に優しく抱き締められる。穏やかな手付きで、頭を撫でながら、局長は泣いてくれた。一人の嘘つきな隊士のために、泣いてくれた。


「よく、頑張ったなぁ、壱……。ありがとう。お前がいてくれて、良かったよ」


父のようだ、とふと思う。優しく穏やかな声。たくさんの愛情を与えてくれた声。やはり、幼い頃いっぱいに包まれた父のそれに、よく似ていた。


「……はい」


瞼を閉じながら温かい抱擁に身を委ねる。女としてではなく、まるで娘を抱き締めるかのような優しさに、心が癒されていくのがわかった。

生きていて良かった。

初めて、そう思えたんだ。

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