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□六
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屯所の玄関に入った途端、迎える顔の数々。しかしそこには私の部下の姿はない。苦笑を漏らしながら玄関を上がり、局長を先頭に、土方君と山崎君と連れ立って奥の道場へと向かう。わずかな緊張と懐かしさにほんの少し身体が震えた。これが武者震いとでもいうものだろうか。


局長が道場の襖を開け放ち、そこに正座していた男たちの視線が一斉にこちらへと突き刺さる。

知らず、唇が吊り上がった。相変わらず可愛くない部下たちだ、向けられる殺気は通常より余程澄んでいる。いつもこれくらいやればいいものを。


その場の緊張感が、否応なしに高まった。鋭い殺気の応酬と、彼らのその袴姿に笑みはなお深まる。いつになくきちんとした姿に映った。


「久しぶりだな、みんな」


局長と土方君は後方へと下がり、しまっていたらしい私の愛刀を山崎君は私に差し出してくれた。そちらに視線をやることもない。それよりも、今ここにいる部下たちの視線に応えるほうが、圧倒的に大切だった。

誰も口火を切るものはいない。彼らの前で刀を受け取り、その柄に触れる。変わらないこのざらつき。私のための、私の悪夢。

道場の外を取り囲む縁側に、他の隊士が集まっていることがわかった。彼らの期待と緊張までも一心に集めているこの現状を、打破するのは。


「隊長」


静かな友近の声。私自ら副隊長に任命した有能かつ腹黒い隊士であり、恐らく隊の中で最も頭の切れる男。

立ち上がった彼に、林、前田が続く。それぞれ手に持つのは彼ら自身の真剣だ。人を斬れる、模擬刀ではない本物。


三人が立ち上がったのを確認した他の三番隊の隊士たちは、すっと後ろの方へと真ん中を避けて下がる。私と三人を中心にできるはっきりとした円。試合と同じく審判代わりの山崎君もその円の内側にいた。


「最後の、試合をお願いします。山崎さん」

「はい、説明します。斎藤さんは、友近、林、前田の三人と勝ち抜き戦をしてもらいます。三人は一人でも斎藤さんを斬れれば勝ち、斎藤さんは三人すべてをのしてください」

「のす、ということは、私はお前たちを斬る必要はないんだな?」


真っ正面に立つ前田に問えば、彼はその厳しい顔をわずかにしかめていった。


「ないです。しかし、斬るつもりで来ていただきたい」

「わかった。だが悪いが私は模擬刀にさせてもらうよ。お前たちに傷を付けるのは不本意だ。申し訳ありませんが土方君、模擬刀を」


いった途端、三番隊全員の殺意が色濃くなったのを感じた。それを知りつつ、土方君に愛刀を預け模擬刀を受け取る。これまた愛刀と形がよく似ており、使いやすさは変わらないのだ。

そして、それを腰に収めながら、振り返る。


「お前たち三人で、三番隊は本当に不満はないな?やり直しを利かせるほど、私は易しくないよ」

「勿論です。俺たち全員の一致で決まりました」


キツい視線が舞台に立たない隊士たちから突き刺さる。三人を馬鹿にされたとでも思っているのだろうか。相変わらず安直な奴らだ。

知らず、緩やかな笑みを口元に浮かべていた。


だから、お前たちが可愛いんだよ。


「では、やろうか、前田?」

「お願いします、隊長」


厳しい四十を越えた大男と、二十を越えたばかりの女。

けれど忘れてはならないのが。


この女が、大の男たちを稽古付けていた、その事実。


いっそ艶やかとさえいえるような笑みを浮かべ、始めよう。


「――試合、開始!!」


三番隊の最後の下剋上を。


できるものなら。

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