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鋭い鋼鉄の弾き合う音が、道場内の温度を下げるように塗り替えていく。冷たく、より澄んだ世界へと。

お互いの呼吸音しか聞こえなくなる瞬間の始まりが、何よりも好きだった。ある程度の力を持つ者同士ならそこまで行き着くことは簡単だ。


そして散々私が仕込んだこの二回りほども歳の離れた男は、それを持続させることができない。

模擬刀と真剣ではその重量が多少異なる。私が使っているものは市販品であるため、真剣よりわずか軽い。

対して前田が愛用する模擬刀は、普通の刀よりも幅が広く、同時に厚みもある。つまり単純に考えて重くなるのだ。もしこれが彼の真剣である超重量の刀だったのなら、きっと器用に切り結ぶこともできないのだろう。そして前田の身体自体重量があるため、使う力の負荷は私のそれより大きい。

端的にいえば、疲れやすいのである。

強く踏み込んできた刀を受け、同時にそれの下へと刀を走らせすぐさま上に振り上げる。勢いよくぶつかったはずの力が上へと流され、たたらを踏んだ前田の首筋に模擬刀を突き付けた瞬間、世界が息を吹き返した。


「――……っ」

「前、田!」

「山崎君、判定を」

「――はっはい!!さ、斎藤さんの、勝ちです」


軽く頷き刀を下ろせば、前田と眼差しがかち合う。そこには絶望も失望も、こちらが痛みを覚えるような負の色は何もなく。

快活に、心地よいほどの、羨望があるだけだった。

汗の滲んだ額を軽く拭った彼は、なぜか幸せそうに目を細めながら笑い、自らの刀を下ろし、私に深く頭を下げた。


「ありがとう、ございました――!!」

「しっかりやれよ」


その性格によく似た剛毛の髪を乱暴に撫でて舞台から弾き出す。刀を鞘に収めた上で、舞台に立つ役者と視線を絡ませた。


「次は、俺です」


隊の中の最年少、林が笑みもなく立っていた。前田よりも余程色濃い殺意を撒き散らす彼もまた、散々私が叱り飛ばしたものである。その構え方も彼の使う流儀も、私が教えたものだった。


「山崎君、合図を」

「わかりました。――試合、開始っ」


いっそ愚直とさえいえるほど真っすぐに突っ込んでくる刀を、抜刀したそれでいなしつつ、距離を測る。けれどそれすらもうざったいといわんばかりに、一気に距離が詰められ力が増した。

その近い距離で突き刺さる視線を切り裂く二本の刀は、互いの殺気だった顔を映し出す。いつもは口煩いほど喋る彼が、何も言わないことが不気味だった。私がいない内に進歩したのだろうか。


「……隊長、まさか隊長がいない間に進歩したとか思ってませんよね?」


思った瞬間林の眉がひそめられ、苛立たしげに吐き捨てられた。考えていたことを当てられて思わず苦笑しながら問い返す。


「違うのかい?」

「違うに決まってますよ。あの沖田隊長が用もないのにしつこく絡んでくるかと思ったら、稽古付けてやるとか言いだす始末ですし。俺たちが変わったように見えるのは、進歩じゃなくて隊長に対する怒りです」


一旦口を開けば溢れた言葉に苦笑する。変わるはずもないか。


「それは悪かった。でも今その怒りをこれで受けてるだろう?」

「こんなんじゃ、ないですよ――っ!!」


鍔迫り合いにじわじわと力が籠もっていく。絡まっていた視線が外れた隙を見失うことなく突いて、一気に体重をかけそしてその身を引き離す。途端力の行き場を失いよろけた林の腹部を、鋭く模擬刀で突けば彼は床に叩きつけられた。刀を持つ手にそれを走らせ、握り締める手を離すように促しながら、笑う。


「何があっても刀を手放すな。――教えを守ることはぴか一だったな、林」


言い終えた瞬間、苛立ちと悔しさの混じった目がこちらを真っすぐに睨んだ。血が滲みそうなほど刀を握り締めた彼は、ぼろりと涙をこぼして叫ぶ。

そのとき初めて、部下の怒りを知った。


「俺たちになんにも言わないでっ――、部下はあんたの仲間じゃないんですか!?……俺たちは、信用も、信頼もされてなかったんですか?慕っていたのは――、隊長、俺たちだけですか?」

「――」


言葉を失う。

何かを言おうと口を開いたところで音は生まれず、引き裂かれた空気を繋ぐように呟いた山崎君の声が、沈黙の中浮かび上がった。


「斎藤さんの、勝利」

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