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誰も口を開かない痛いほどの静寂の中、私の浅い呼吸音が耳につく。たった二人をのしただけでこれか。脇からは薄らと冷たい汗が滲み、刀を握る手はわずかに痛みを訴えていた。本当に斬られたのが左手ではなくてよかった。

などと、けろりと笑えない相手だというのが、問題だが。


銀が一閃する。

友近がこちらへと歩み寄りながら、刀を抜刀したのだった。その刀身に三番隊の顔を映し出しながら、素っ気ない笑みを浮かべる男。


「――お前は、何も言わないのか?」


それの返答を知りながらあえて問えば、彼は軽く頷いた。


「俺たちが言いたいことは林が全部いってくれましたから。あとはもう、これで」


そうおどけたようにいいつつ、刀をゆっくりと構えながら眼差しが絡まった。


途端に溢れる殺気。

びり、と肌が傷んだ。急速に燻られる闘志に身を焦がす。


山崎君の開始の声さえも、遠いことのように聞こえた。睨み合ったまま、どちらも動くことはない。互いの出方を探り合う視線の応酬が、五刹那、あるいは数分間行われたのち。


――ッキィン!!


甲高い金属音が道場に響き渡る。

単純な力勝負なら負けることは確定していた。それを知りながらこの拮抗状態に持ち込む友近は、やはり質が悪い。


けれど、その戦い方は以前からなんら変わりはない。力の強さは増したものの、この先の動きを知っていて負けることがあるだろうか。

一瞬視線が交差し、次の瞬間肩から力を抜きそして即座に距離を置く。離れた先でやはり友近もわかっていたように、刀を構え直していた。そして再びの睨み合い、後の斬り合い。これらを重ねていき、その斬り合いの速度は早まっていく。

刀同士が斬り結んだ瞬間、奏でられる金属音。そしてそれが遂に鋭い斬撃の応酬になれば、もはや止まることはない。


傷を作らないように戦う、というのは、初めてのことかもしれないな。

ふとそう思った。友近や他の隊士とも何度も斬り結んだし、幾度となく戦闘に身を置いていたのだ、保身よりも先に目標が存在した。生きることよりも先に目標があった。

けれど、今のこの斬り合いは、違う。
生きること、傷つかぬこと自体が目標だった。ならばそうであるために、寸分の隙を与えてはいけない。


「――っ」


大きく踏み込んだ足に力を乗せ、その勢いのままの渾身の突きを紙一重でかわし、左足を軸に反転しながら模擬刀を振るう。無論当てるつもりなど毛頭なく、第二撃として襲い来る突きを止めるためであった。

かくして予想通りやってきた第二撃を打ち止め、すぐさまそれを横薙ぎに払いのける。そして模擬刀を素早く鞘へと収めた。

刀を手放さず瞬時に後方へと跳んだ友近に、知らず笑みを浮かべていた。以前ならばあのまま突っ込んできただろうに、彼は確実に成長したのだろう。

幾度私が教え込んでも、それに従わなかった彼が、これほど冷静に戦いを見れるようになったのは。


――君のおかげかな、沖田君。


真っすぐに友近と視線が重なり合う。体勢を立て直した今、次の斬撃が先程までのそれと比べるべくもないことは、想像に容易い。そして私がそれに耐えられるかも、長く側にいた友近なのだからわかるはずだった。


負けるわけには、いかなかった。

視線が濃密に絡み合う。そしてそれが頂点へと達したその刹那。

――来る。


「――っ!!」


抜き放たれた刀身。高く道場を舞う刀。

まだ、終わりではない――。


呆然とするよりも早く友近は動きだそうとしていた。それを視界に捉え、模擬刀を閃かし大きく踏み込んで、一光。


首筋にそれを滑らせた。

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