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□六
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泣き疲れて眠ってしまえればよかったのだが、身体は素直だった。昨晩ゆっくり休めたからこれ以上の休息は不要らしい。
「……すみません。最近君には情けない姿ばかり見せていますね」
苦笑しながらそっと沖田君から身を離す。身体は全快には程遠いが、少なくとも動ける程度にはもとに戻っていた。
「むしろそのほうが安心しやす。てめえの隠したがりにはうんざりでさァ」
心底うんざりといわんばかりの口調にうっと詰まる。そこまで迷惑をかけた覚えは……、あるから言い返せない。
「ひどいですね、癖なんですから気にしないでくださいよ」
「気にされたくなかったらちゃんと話しなせェ。飯食いやすか?」
正論でたたき返され、彼が正しいのは百も承知だからこそ申し訳なさと情けなさが増した。苦く笑いつつ首を横に振る。
「いえ、それよりすみませんがお風呂を貸していただけますか?気持ち悪いので」
身体自体は別段不調を訴えているわけではなかった。ただやはり私も女だということだろう、高杉に乱された箇所の不快感が否めない。引きつった肌とそこに含まれた肉が、気持ち悪かった。
それを察してくれたのだろうか、沖田君は一度軽く頷いた。どこか、表情は硬い。
「飯と着替え用意しときやす。傷はどうでィ」
「やっぱりしみますかね……。手当てありがとう」
にこりと笑ってベッドから降りる。よろけることもなく扉のほうに行き、促されて部屋を出た。風呂場の場所を聞いてから脱衣場へと向かう。
脱ごうという段階になってよく見れば、着ている衣はあの白い浴衣ではなく、沖田君のものだろうか藍色の着流しだった。慣れぬ手で着せてくれたのだろう、帯も緩くぐちゃぐちゃだ。思わず苦笑しながらゆっくりと着物を脱いでいく。
それから指先や腹に巻かれた包帯も丁寧に外す。縫合する必要がある程の深い傷が一つしかないのが、せめてもの救いだろう。
改めて肉が剥き出しにされた爪のない両手を広げて見る。右手にはまだどす黒い血がこびりついており、貫通した痛みを思い出して一人顔を歪めた。どこかにぶつけただけでも、しばらくは相当な痛みが伴いそうだ。刀を持つことも多少我慢しなければいけないだろう。早く元に戻ってくれるといい。
風呂場に入りシャワーを浴びる。じわじわと熱くなる湯が傷口を撫でて、痛みが脳を刺激した。唇を引き結び瞼をぎゅっと閉じて、どうにか激痛に耐える。
身体中の表面的な傷よりも、胸のうちにできた傷のほうが、辛かった。泣かせてくれた君が愛しくて辛いのか、大好きな彼らが恋しくて辛いのか。私には、わからない。
わかりたくもないんだ。
ひっそりと、呟いたのは。
「――……、バ」
風呂を上がれば洗濯機の上に着物と包帯が置いてあった。あわてて買ってきてくれたのだろう、コンビニの包装もそのままの下着が一式揃っていた。
ありがたく思いながら着替えれば、ふわりと優しい香りに包まれた。着物の前を合わせてみれば、それはじわりと濃さを増した。
抱き締められたときと、同じ匂い。
どうしてか、安堵する。
「……どうしようも、ないな」
つまらない女になったものだと苦笑した。新しい包帯を腹に巻き、指先に巻き、傷痕だらけだと実感する。
不意に腹の減るような良い匂いが鼻腔をくすぐり、つられるようにして、その場を後にした。
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