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□六
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「ただいま帰りやしたー」
「ああ、お帰り沖田君。先にいただいてます」
「ちょ、てめ何飲んでんでィ」
「冷蔵庫漁ったら出てきたのでありがたく。久々に飲むと美味しいですね」
「怪我人が酒飲んでんじゃねーやぃ、おら没収でィ」
「あ、ちょ折角のお酒が……」
などと沖田君の家に滞在してから二日過ぎた。お互いコツは掴んだのかあまり面倒なことにはならないが、正直いって退屈である。
彼の仕事部屋らしいところ以外はあらかた掃除も済み、洗濯物も干せるし、やろうと思えば料理もできるのだが、如何せん暇である。とても重要なことなので二度いった。
テレビはあまり見ない上、彼の部屋にしては漫画やらの娯楽の類も少ない。何より外に出られないというのは苦痛以外のなにものでもなかった。
それと、不愉快なことが一つ。
「沖田君、前々から気になっていたんですが、どうして女物の小袖を持ってるんですか?そういう趣味でも?」
食事中に問えば、言葉の中に紛れ込んだ苛立ちを察したのか、彼はにやにやと笑った。手の中にある箸で目潰ししたくなる衝動を抑えるのが大変だ。その腕を包む衣は、落ち着いた色合いの小袖。
つまり、この三日間私が身に纏っているのは、女物というわけである。
彼は箸で煮物の大根をつまんで食べながら、楽しそうに応えた。
「幾つか見繕ってやったんでィ、感謝しな」
「嘘ですね。第一昨日着たのはミツバのです。私が間違えるわけがないでしょう」
藤が上品に咲く小袖は、彼女のものにしては珍しく、後になって沖田君がミツバに贈ったものだと聞いた。
とられた酒の代わりに緑茶を飲みながら睨めば、沖田君は苛立ったように赤い目を鋭く細めた。
「あんたのその姉上らぶには嫌になりますねィ」
「君だって変わらないでしょう。見繕っていただいたのは大変嬉しいですが、なぜよりによって女物なんです?普通私に贈るなら男物でしょうに」
剣呑な様子を避けるべく、さっさとその話題を終わらせる。今の彼にはあまりミツバの話はできない。
重ねて問えば、あぁと愉しげな声音に変化した。
「あんたに女物贈って何が悪いんでィ?しかも」
ふっと腕が伸びてきて、何の躊躇いもなく傷の深い右手をそっと包まれる。困惑の目線を送ろうとわずか見上げれば、思いの外熱い視線に絡み取られそうになった。
痛みを孕む私の手を、撫でる彼の指先から、熱いなにかが染み込んでいくようで。
「あんたは、女じゃねーかィ」
言葉にびくりと身体が震えた。思い出されるのはあの男の執拗なまでの愛撫。嗚呼、やばいな。
「……次会う機会があったら一先ず殺す」
「はぁ?」
「あ、いえこちらの話です、お気になさらず」
にっこり笑って手を離すよう促す。無為な行動はとりたくない。彼は一度諦めたはずなのに、どうしてこのようなことをするのかと苛立った。
それを知ってか知らずか、彼は私の手を逆に引き、深い傷へと唇を落とす。反射的にひっぱたき、かつ顔面に箸をぶっさそうとする手を必死に止めた。危ない危ない。
「何がしたいんですか君は。いい加減無意味な行動は止めたらいかがです?」
「暴力的な野郎だねィ。反抗的な奴は調教しがいがあって楽しみでさァ」
打たれた頬を軽く撫で、唇から垂れた血に気付いて拭った彼は舌打ちしながらいった。その間ずっと向けられるのは、熱を孕んだ鋭い視線。
不意にぞくりとする。
そういえば、彼もまた男だった。
「そっちの話なら関係ありやせんが、高杉に関しては俺にも関係ありますぜ?話してねー情報があるなら教えろィ」
「ありません。先にお風呂お借りしますね」
簡潔に応えて沖田君の手をぞんざいに振り払う。面倒なことは嫌いだ。この三日間私たちはうまくやってこれたのに、なぜ今面倒ごとを持ち込まなければいけない。
何か言いたげな視線を振り切り、風呂へと逃げ込む。小袖を脱ぐ途中で気付いたのは、右肩の後ろ側に咲く、噛み痕。
「――……っ、じょ、冗談でしょう……?」
つい昨日までは絶対に存在しなかった。そこまで鈍感ではないはずだ、突然できればわかる。
私だけが何もないと思っていた?彼は、その間ずっと、ずっと。
そも、夜触れられただけで反応できないなど。
「……嘘」
身体が、女になっていく。
何も知らないつまらない女に。
戦うこともできない弱者に。
君たちの、隣に、
立てなくなってしまう。
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