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□六
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「気付いてなかったんですねィ、あの様子じゃあ」
ぼそりと人気のない部屋に呟く。彼女が作ったらしい煮物は、味が良く染み込んで美味かった。
昨夜、傷の痛みに呻く彼女の声に気付いて、部屋に向かった。暗い部屋の中、沈黙を守ることもできぬまま、荒い呼吸音が響いていた。
「――……っく、っはぁ」
「……斎藤」
闇の中真白に浮かび上がる彼女の顔は、苦痛に歪んでいた。電気をつけぬまま近寄って、ベッドに腰掛け、額に滲んだ汗を拭ってやる。一瞬肩がびくりと反応したが、また何事もなかったかのように眠り続けた。
顔に浮かぶ苦痛は変わらない。傷を手当てしたときのことを思い出し、改めてここに眠るのが女であると意識させられた。緩んだ浴衣からちらりと見える白い肌に、浮かぶ珠のような汗に欲情する。
不意に眠りこけていた彼女は身動ぎし、寝返りを打った。目を覚ましたのかと思い覗き見れば、何も気付かぬように寝ていた。
「いつになったら、女だって認めるんでィ。……いつまで、待たせりゃいいんですかィ」
好きだった。
以前よりも伸びた髪を撫で、そっと口付けを落とす。
呻く声のあまりの苦しさに胸が塞ぎ、同時に喘ぐ息の色香に狂いそうになる。
堪え切れずにあちらを向いた女の衣の襟を引き、うなじに唇を這わせる。わずかに反応した肩を知りつつも、そこに甘く噛み付かずにはいられなかった。同時に聞こえる吐息。
「――あっ」
なんでそう、止められなくなるような声を上げるんだ。欲に忠実に噛み痕を残したあとになって我に帰った。苛立ちさえついてくるんだからたまんねえ。
欲しくて手に入らなかったもんはたくさんある。それでも大抵諦めるところは線引きし、必要以上に欲しがらないようにしていた。なのに、その理性すらも効かなくなるほど。
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