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□七
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誰でもわかるだろうが、そこからは阿鼻叫喚の始まりだった。銃を持っていること自体あり得ないはずだというのに、あろうことかそれを発砲したのだ、何も知らない一般人が対処できるようなことではない。
人々が男のまわりから逃げ惑う様子を見つめながら私はあたりを確認していた。熱を持つ太股を無視し、黒服のいない場所に向かう。
もちろん栗子の腕をつかみ、彼女の友人たちについてくるように促して、だ。
「……っ壱様、壱様、止血しなければ――!!」
「いえ、大丈夫です。掠めただけですから。それよりも栗子様にお願いがあります、聞いていただけますか?」
泣きだしそうな彼女を非常口の前まで連れていき、携帯を取り出して渡す。
友人たちは非常口の扉を開けて、わずかに怯えたようだった。それもそうだろう、この高さでほぼ骨組しかない階段を下るのだ、怖くないといったら嘘である。
「栗子ォ、早く逃げようよ!!」
「おねいさんも早くしないとマジそれヤバいって!」
「ありがとう、でも大丈夫です。栗子様、ここを下りながら松平様に連絡を取ってください。そのあとすぐに土方君に」
「なっ、い、いいわけないでしょう!?あなたが私を守らないで誰が私を守るんでございまするか!?」
怒鳴り声に苦笑し、黙って携帯を彼女の手に握らせて、小さな少女を抱き締めた。震えそうになる身体を叱咤する。
いつまでも引きずっていたあの悪夢を、こんな機会で終わらせてくれようだなんて、願ってもないことではないか。
「栗子様、ご安心を。すぐに追いつきます」
「壱、様……」
震えてまするのに?
その言葉に笑いそうになった。怯えからくる震え以外を、彼女はきっと知らないのだろう。まだ幼い少女なのだから。
栗子をそっと引き離し、非常口前で待つ友人たちのほうに押し出した。振り返る彼女に艶やかに笑いかけよう。
「またあとで、必ず」
一瞬躊躇し、そして強く頷いた少女たちの姿が扉の後ろに消える。ここに人を寄せ付けるわけにはいかないな、そう思いながら振り返れば、愉しそうに笑う桃色の髪の男が立っていた。手には見慣れた刀が握られている。
「あの子誰?強い?」
「いえ、脆弱な人間ですよ、私と同じく」
「壱のは嘘だ」
即座に切り返されたことに、ほんの少し楽しくなって笑みを深めた。馴れ馴れしい呼び方も気にならない。
「雑談には興味がありません。刀は返していただけないのでしょうか?」
「返すよ、そうじゃないと弱いだろ?」
「ええ」
「でもその前に、君には舞台に出てもらわなくちゃネ」
「ホールへ?」
「うん」
そう、と小さく呟いて、庇っていた太股から手を離す。掠めただけなど嘘偽り以外のなにものでもなく、そこからは赤い血液がどくどくと零れ落ちていった。
臭いな、と思う。血の匂いが、臭かった。
すたすたと歩きだした私を面白いものでも見るかのようにして眺めていた彼は、ふっと非常口のほうを振り返った。そちらへ歩きだそうとする彼の首筋に、閃光を走らせた。
「――冗談だよ」
「笑えませんね」
「そんなので俺を殺せると思ってる?」
「足止めになれるのならばどうでもいいですよ」
静かな声で返す。彼は躊躇いもなく振り返り、小太刀を軽く押し退けて青い双眸を細ませて笑った。
「本当、君面白いよ」
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