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□七
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ホールに戻れば、すでに人の姿はなかった。残されているのは銃鎗と硝煙にわずかな血痕、そして床に散らばった食べ物だ。

勿体ないなぁと呟く背後の男を無視し、人々をどこに捕えたのだろうとあたりを見回す。あれほどの人数を詰め込むなら、このホールより少し小さいくらいでぎゅうぎゅうだろう。ならばあの扉の奥だろうか。


ちらりと正面の扉に視線を向ければ、その横に立つあの男に気が付いた。左頬の傷、黒い着流し。

異様なほどに濃い視線が絡み合い、私は知らず口角を吊り上げていた。ああやっと会えたんだな。

私の、悪夢。


「いきなりハンデつけちまって悪いな、嬢ちゃん。俺も仕事でよ、そこの主人の命令なら絶対服従ってわけだ」


くい、と彼が顎でさしたのは背後にいる神威だった。人間である男が天人の神威に服従する理由、いやそれよりも先にこの男が攘夷浪士の徒党にいた理由。
それはそのまま攘夷浪士だから、では済まない。なぜなら彼が私を連れていったあの組織は、幕府の管轄内で囲われていたものなのだから。

なら、導きだされる答えは。


「裏切り者」


ぽつりと吐き出した言葉を的確に聞き取った男は、陰鬱に笑った。ああ聞きたくなかったこの笑い声。悪夢、私の悪夢。


「裏切り者ってのは違えな。俺は誰も裏切っちゃいない。誰とも契約したわけでもないんだから」


すべてはこいつに始まったのだ。だから終わらせるべきもこの男。

男が死んでも私が死んでも終わりだ、どうせ生き延びたにしてもそのあと後ろの兎に殺される。

それでも、構わない。


「なんでもいいさ、どうせ斬り合うならどちらかが死ぬのは決まっている。残ったほうは後ろの兎に殺されるんだろうから」

「ああもしかして後ろの兎って俺のこと?」


けろっとした口調に思わず苦笑しながら、軽く頷いた。振り返り、手を突き出す。


「もう返してくださっても構わないでしょう?」


神威は一度私の刀を眺めたあと、頷きそれをこちらに放ってきた。

手に馴染む、嫌になるくらい大切な刀。大っ嫌いででも何よりも大切だった、私の命を救い続けた刀。でもそれは父の命を奪った男のもの。


けれど、もう関係ない。

私がこの男を斬ればいいだけ。それで、そうして初めて終わる。

私の悪夢が、終わるのだ。


熱を放つ右脚の存在などとるに足りない、そう思ったのもつかの間、ようやく硝煙が晴れて現れた男の姿に絶句した。

怠惰そうな懐手から出ているはずの両手は存在しない、右腕だけだ。

隻椀。


「それ……」


思わず呟いたその言葉に男はああ、と鷹揚に笑った。

気付けば神威の手下だろうか、幾人かが私たちを取り囲むようにして立っていた。皆夜兎なのだろうか、顔つきが普通とは違う。


「お前の後ろにいる俺の主人に初めて会ったときいきなりな。お前だけハンデ負ってるっつうわけじゃないってこった。平等だろ?」


どこが、と吐き捨てて笑った。こちらは止血もなしに本番だ、それに生きるか死ぬかの瀬戸際だというのに、ああ身体の興奮は冷めやらぬ。

戦え闘え戦え。斬って捨てろ斬り裂いて棄てろ斬り落としてしまえ。身体中につく余分な肉を、すべて。この男が父にやったように。


向き合ったその瞬間。

高い鍔鳴りの音を響かせながら思うことは。


ああ、血が匂うな、ただそれだけ。


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