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□七
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「誰かと思えば……、誰だっけ阿伏兎?」
「一応奴さん公敵だぞ、団長。……真選組一番隊隊長沖田総悟、だっけか」
「ああじゃあ壱の元同僚ってことか。うーん、もしかして面倒くさい奴ら?」
「大事にゃあなるわな。あの嬢ちゃん、とりあえず今は諦めとけよ団長」
「ハハ、やだよ。つまんない。お前もやりたいだろ?」
神威はおもむろに男へと視線を移し、返事を促していた。それを目で追いながら、気配が迫ってきていることを確認する。沖田君も無論仲間の存在には気付いているのだろうが、私から手を離しただけだった。
男は私と視線を絡ませたまま、緩く笑う。先ほど斬り上げた刀は彼の手には握られていなかった。
「まぁ、こんな幕切れってえのは嫌ですね。嬢ちゃん、あんたもそうだろ?まだ、やりたりねえ」
「ええ。せめて君を殺さないとすっきりしませんから」
「いうねェ。安心しな、俺もそうだ」
私たちは薄らと共犯者めいた笑みを交わした。今まで煮えたぎっていた憎しみは、恐らく形を変えてしまったのだろう。それでも望むことがあるならば。
殺されるならば、この男の手で。
「真選組だ、であええぇええ!!!!!!」
不意に響いた大声にはっとする。誰か(というか後ろの人物以外では一人しかいないのだが)がぶっ放したバズーカのせいで、爆風が奴らの姿を掻き消す。
「待て!」
「明日、ここでやろう。この時間。あいつらの相手は俺たちがやるからさ」
「ってえことだ。取り調べ受ける前に逃げろよ、嬢ちゃん」
桃色の三つ編みと黒の衣が翻り、二人は硝煙の中に消えていった。
「……はっ、いわれなくとも」
呟く言葉を聞き付けたのかどうかはわからないが、沖田君は私の腕をとって駆け出した。
「どこへ?」
「捕まるわけにゃいかねェんでしょう?逃げやす」
「君の仕事は……?」
「容疑者の保護っつうことで問題ないでさァ」
「……変わりませんね」
小さく笑って呟く。それこそ聞こえなかったのだろう、彼は先ほど私が栗子を逃がした非常階段へと駆けた。
それがふと、昔を思い出させて、苦しくなる。
昔は私が君の手を引いたのに。いつだっけ、転んで擦り剥いた君は泣くのを必死に堪えて、黙って私についてきたんだ。握った手は小さく熱く。
守らなきゃ、その思いは、変わってない。
ミツバの元について、堪えていたものすべて発散するように泣いていたっけ。それを遠くから眺めて、私は願った。
あの子が泣かないでいてくれるように。
バンッと激しい音を立てて開かれた非常口の手前で、私はなぜか彼の手を振り払っていた。驚いたように振り向く少年に、穏和に微笑んで尋ねる。
「沖田君。椿の花言葉、ご存知ですか?」
「ハァ?何こんなときにアホなこと聞いてんだ、馬鹿ですかィ?」
答えようとするよりも早くがっともう一度私の腕を掴んだ彼は、一瞬顔を近付けて、憎らしいほど鮮やかに言い放つ。
「話はホテルで聞いてやらァ。あんたはもうちょい自分のこと大事にしやがれこの馬鹿女。血だらけじゃねえか」
はん、と馬鹿にするようにいって、それでもなお動かない私を焦れたように抱き上げた。米俵でも担ぐかのようにあっさりと。
「おっ沖田君!?」
「さっさとずらかりますぜー苦情は受け付けやせん」
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