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□七
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「ストップ沖田君ストップ」

「なんでィ?」

「なぜにラブホ」

「普通のホテルだったら足がつくでしょ。一応あんた容疑者なんですからねィ。……安心しなせェ、犯すつもりはありやせん」

「……ああ、はぁそうですか」


はっきり言い過ぎじゃないだろうかこの子。少々呆れつつも、大人しく沖田君についていく。
もちろん右脚を庇っているから、多少奇異な目で見られるが承知済みだ。沖田君の手には、先ほど購入した包帯など処置セットがコンビニの袋に入って揺られている。

あまりに大量の血を失い過ぎたのだろうか、混濁していた意識はすでにその段階を越え、逆にすべてが明瞭に映っていた。強いていうなら足元がふらつくが、隣に立つ沖田君が支えてくれるから気にはならない。

開けられた部屋に入れば、そこはどこにでもあるホテルの一室そのものだった。ホテルより宿に泊まるほうを好む質だから、些か物珍しいがこんなものだろう。
さっさと浴室に向かい着物を脱げば、否が応にでも血だらけの身体が目に入る。

鏡を見ながら傷の種類を確認するが、深いのは銃創と内部の肋骨だけだろう。そのあと何度も身体を雑に動かしているから、下手をすれば内臓に骨が刺さっているかもしれない。いや吐血していないことを考えればそんなことはないか。

他に浅い切り傷がいくつか。やはり隻腕だけでは難しいものがあるのだろう、奴の過去の強さとは違う。


過去の、強さ。


シャワーで血を洗い流しながら時折染みるそこに、鈍い痛みが痛覚を刺激する。昔はどうだったろう、傷を負っても手当てなどしなかったように思う。ただ渡された包帯で乱雑にそれを巻いた。

ずきずきと頭が痛む。なぜ今、あのときのことが鮮明に思い出せる?押し殺していたはずの記憶が、蓋を開けて、どうして出てくるのだ?
沖田君に話すことで、もう一度蓋をしたはずだったのに、なのに、どうして。


押さえ込んでいた感情が、苦しいくらいに溢れだす。頭が痛い。隠し通すつもりなのに、やめろ、忘れろ忘れてしまえ。


「っ」


頭の痛みに耐え兼ねて思わずしゃがみこむ。シャワーを持つ手が震えていた。傷だらけのこの身体。他者を斬り殺すことで成り立っていた私の手。

そんな手が、なぜミツバを望めたのだろう。
なぜ、あの子の幸福なんか。


祈れたんだろう。


「馬鹿、だな……本当に」


押し殺したものを蘇らせるなんて馬鹿だ。忘れたままでいい。蓋をしてがんじからめに閉じてしまおう。もう二度と溢れてこないように強固に。

明日死ぬとわかっていて、正直に心情を吐露する必要がどこにある?


そこまで考えて、ようやく震えと頭痛は治まっていた。ほっとしながらシャワーをしめ、タオルで軽く身体を拭う。置いてあるバスローブと浴衣という謎の組み合わせに噴き出してから、浴衣を身に纏った。


「先にお湯失礼しました」


浴室から出てそう声をかければ、電気もつけぬ部屋の中ベッドの上でつまらなさそうに包帯を弄っていた彼は、顔を上げてこちらを見た。


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