ss
□七
19ページ/24ページ
19
「……なんで、あんたが泣くんでさァ」
泣きたいのはこっちでィと呟く声の、あまりの悲痛さに胸が痛む。蓋をしたはずの過去が、感情が、今にも溢れだそうとしていた。
それを止めるものなど、もう何もないから。
「ごめん、……ごめんなさい」
「謝んな。惨めになる」
「ちが、違う……、総……、ごめん」
彼が一番隊隊長になったときから、数えるほどしか呼んでいなかった懐かしい名前。総悟、総。
ここまで、追い詰めたのは、私でしょう?
ずっと、ずっと嘘をついていたのは、私。
男のように強くなろうと望み続けた嘘つきの私の、本当は。
「ずっと、好きだったんだよ、総」
始まりはどこだろう?どれくらい昔のことだろう?
私が隠したかった感情は、あの男と出会うよりずっとずっと前の記憶。
親友の弟を好きになる、自分の最低さに気付いたあのとき。
それでもいいと、肯定する術を知らなかった。ただただミツバという大切な友人から、何よりも大事な肉親を奪うことの畏れ多さしかわからなかった。
だから嘘をつくことにした。自分に、みんなに。
きっとミツバは初めからわかっていたのだろう、彼女は私の馬鹿げた告白を、笑って受け入れてくれたのだ。ミツバを守れるような男になる、そういった私を抱き締めて。
ごめんね、とそう囁いた。
それがどういう意味だったのかはわからない。肉親を譲れない彼女自身のことを謝ったのか、私にそうさせたのだと思ったのか、わからないけれど。
その響きは痛いくらいに耳の中にこだまする。しつこく繰り返されて、私はそれから力を得て蓋をした。ミツバの優しさと一緒に蓋を。
「何、いって……」
「ごめん、ごめん……、ごめんなさい、総……」
「わけ、わかんねえ……」
馬鹿だ。謝ってそれで終わることじゃないのに。馬鹿みたいにこぼれ落ちていく涙を堪え切れず、顔を歪ませながら泣いていた。
手を離すこともできぬまま、縋るように泣いて。子供みたいだと自分が憎らしくなる。
毅然とした私はどこにいった?けろりと笑って謝罪してしまうような憎らしい私は、一体どこに?
「なんで、いってくれなかったんでィ」
「いえません、よ。ずっと、黙ったまま死ぬつもりだったんですから」
シーツに顔を押し付けて涙を乱暴に拭い、にこりと笑っていった。
それを一瞬傷ついたように見た彼は、私の手を離して、その指で目もとを拭ってくれた。似合わない仕草に笑いそうになる。
「馬鹿」
「ガキみたいな悪口いわないでください」
「俺が」
鋭い声にびくりとする。赤い瞳を窺い見れば、傷ついたようにその色は揺れていた。
「俺が、傷付いてるって、本当にわかってんですかィ?」
「……ええ」
「わけ、わかんねえよ。今まで、なんで……なんでこん、な、っ馬鹿、みてえ……」
「死ぬって、わかっていたから」
あまりに哀れで、見ていられなかった。
私を好きになった君は、かわいそう。
彼から視線を逃がし、何にもない天井へと泳がせる。わかっていたことを、こんなに平生に語れるのはどうしてだろう?
きっと、認めることが、できたから。
「それがいつにせよ、死ぬって、わかっているのに、ミツバから君を引き離すなんてできなかった。……あぁもちろん、ミツバが死ぬからじゃなくて、私が死ぬからですよ?」
くすりと笑いながらいう。
わかっていたことを、決まっていたことを。きっとこうなるだろうと、予測し続けていたことを。
「きっと、私は明日死ぬ」
「だから、ね、総。お願いです」
「冥土の土産ということで」
「私を、抱いてくれませんか?」
.